「何人残った?」
モロク王はゲイリートに状況の報告を促した。
「四十三人でございます」
モロク王とボイドモリ、ゲイリートを抜いた、残りのトカゲ族の兵数である。
「ボイドモリ」
「はっ」
「キサマは選りすぐりの二十人を連れて黒姫を奪還してこい」
「ははっ」
「ゲイリート」
「はい」
「本国に使いを出せ。トルクアータとマラカイトに一軍を率い合流せよと伝えよ」
「それでは本国が、トゥシェイドが手薄になりませぬか」
「必要ない。オレがいる場所が、国だ」
「は、はい」
「どれぐらいで合流できる」
「十日もあれば」
「七日でせよ。そう伝えろ」
「かしこまりました」
ボイドモリとゲイリートがモロク王の御前を辞すると、モロク王は共を連れずにひとりでオーヤのいる天幕へと向かった。
入り口から入ると途端に顔をしかめる。
中は甘い香りを放つ香が焚かれ、不気味な煙が揺蕩っていた。
床にはたくさんの薬草や薬品の類が散乱し、足の置き場もない。
それらを追いやるように中央にはいくつものクッションが重ねられ、そこに全裸になったニンゲンのメスが寝そべっていた。
見るからに若い、艶やかに透き通るような肌をした金髪の女。
オーヤである。
あれからまだ数時間しかたっていない。
だが魔女は先程までの醜い老婆の姿から、若くみずみずしい肌を持つ美女へと変貌を遂げていた。
さすがにモロク王も度肝を抜かれ、素直に感嘆した。
「見違えたな。先程までとは比べるべくもない。……美しい」
だるそうに顔を上げたオーヤがモロク王を一瞥する。
「思ってもいないことを。トカゲがニンゲンに欲情なんてしないでしょうに」
「すればキサマは受け入れるのか?」
王は素直な感想を述べたまでだったが。
一瞬思案する顔をしてからオーヤは「冗談。覇王になれたら出直しといで」と答え、再び脱力しながらクッションの山に顔から埋もれた。
「フン、七日後に増援が到着する。その間、ボイドモリに命じ黒姫を奪いに向かわせた」
オーヤが耳を傾けていることを確認し、モロク王は続けた。
「暴走している紅姫はともかく、降臨間もない白姫は容易く捕らえることができよう。白姫捕縛はお前が買って出た役目であったな」
オーヤは何も答えない。
「いつになれば回復する?」
「あと二日……」
「白姫の居場所はわかっているのだろうな?」
「わかっていないわ」
「チッ」
それでは待つ意味がない。
モロク王の機嫌が悪くなる。
「……けど」
「なんだ?」
「黒姫を捕まえれば、白姫も捕まえられるでしょうよ」
「なぜだ?」
「もしかしたら、二人は今、一緒にいるかもしれないって思ったの」
「なに? それはどういう……おい」
オーヤは眠ってしまった。
モロク王の機嫌を取るよりも体力の回復を優先したのだろう。
その寝顔だけを見れば、どこかの城の姫君かと思わせるぐらい、可憐な寝顔ですらあった。
「不気味な魔女め。だが、黒姫と白姫が一緒にいるだと?」
可能性はある。
黒姫はカエル族により連れ去られた。
白姫のそばにはカエル族が三匹いたらしい。
「ちょこざいな生き残りがいるというわけだ」
情報では山中にカエル族どもの避難場所があるという。
ボイドモリはそこへ向かう手はずだ。
「ならばそこにそ奴らが集まっていても不思議ではない」
外に出ると王の鼻頭にポツ、と水滴が落ちてきた。
ほどなく大粒の雨が降り出した。
雲は厚く垂れこめ、すぐには晴れそうにもない。
「この雨ではそう遠くまで逃げることもできぬだろう」
歩き出すモロク王の足元はぬかるんだ泥に深い足跡を残す。
重い甲冑が煩わしく思える。
雨は誰に味方しているのか。
「今は待つ以外にない、か」
モロク王は苦々しげに空を睨みつけるしかなかった。