【第205話】揺れる思い

「凍てつくがいい! 六の表護符・月下氷陣」

 二枚の符を鎧人形に向かい放るクルペオ。
 すると鎧人形の左右に舞う二枚の符と符の間の空間に、突如すさまじい氷雪が吹き荒れだす。
 その氷雪にさらされた鎧人形がみるみるうちに霜に覆われていく。
 そのままあっという間に凍りついてしまった鎧人形は亀裂音を発しながら崩れ去ってしまった。
 そのクルペオに別の鎧人形が攻撃を仕掛けるが、当然の如く方形の盾ヒーターシールドを構えたウィペットがガードする。
 その攻撃を弾かれた鎧人形の首筋にはすかさずギワラが短刀を差し込むと先程と同様、黒い霧を噴出しながら断末魔の悲鳴を残し鎧はガラガラと崩れ去ってしまった。

「いいぞギワラ! オレたちと息を合わせられるじゃねえか」

 他の鎧人形を相手にしながらもシャマンはやはり仲間の動向を逐一見守っていた。
 ベルジャンは洞窟の入り口に陣取り、共に連れてきた二人のケンタウロス族の戦士と連携をとりつつ戦っていた。
 洞窟の入り口には唯一戦えないアカメがいる。
 彼だけは突出した戦闘能力を持たないため、ジッと後方で堪えていた。

 パペットの総数がどれほどいるのか、いまだにその全容は計り知れずにいたが、戦いの趨勢はどうやらウシツノたちに分がありそうだった。

「くそっ! こいつら、なかなかやりますね……」

 男の顔に少なからず焦りの色が見え始める。

「どこまでも虚仮にしてくれた報いだぜ。所詮お前じゃオレ達の相手に不足だってことを思い知らせてやるッ」

 目の前に立ちはだかったシャマンの言葉にだが男は嘲笑を返した。

「くくっ……馬鹿め。局所的に勝利しただけでいい気になるとは」
「なにぃ?」
「探し求めた〈パンドゥラの箱〉を、我々がこれっぽっちの軍勢で奪いに来るとでも思ってたか」
「……なに言ってやがる」
「くひひ、今頃ハイランドの本隊がケンタウロス族の集落に着いている頃でしょうかね」
「なんだと!」

 ベルジャンやウシツノに緊張が走る。

「ハクニー!」
「シオリ殿ッ」
「これはまずいかもしれません。一刻も早く戻るべきかと」

 アカメの指摘に誰もが同じ意見だが、しかし一行はここに来るまで三日の道程を費やしてきている。

「くっ」
「くははは! わかりましたか間抜けども。お前らは我等に箱の場所を教え、そして愚かにも守るべき集落を手薄にしたのだ」

 大笑いする男に歯噛みするベルジャンだったが、

「行けよッ! カエルとケンタウロス!」
「ッ!」
「お前……」

 うなだれかけた顔を上げて、ベルジャンが吼えるシャマンの方を向く。

「間に合わねえと決まったわけじゃねえ! ここの残りはオレたちだけで十分だ。お前たちは先に集落へ行けッ」
「シャマンッ」
「おうッ!」

 ウィペットの注意に応じたシャマンが近寄っていた鎧人形を新たに一体屠る。

「こんな鎧人形ども、あと何体いたって物の数じゃねえぜッ」
「く、くははは……」
「なにが可笑しい」

 突然笑い出した男に向かってシャマンたちが身構える。

「くくく、何度言わせるのです? 我々の軍勢をこれで全てだと思わないでください!」

 バキッバキッ!

 いくつもの大木が薙ぎ倒される。

 ウォォォオオオオォォオオォッッッ!

 バンッバンッバンッ!

 木々の奥から獣のような咆哮と、分厚い金属の板をぶっ叩く音がこだまする。
 そこへ地響きを立てつつ現れたのは、巨大な鋼鉄の鎧に身を包んだゴリラ型のパペットだった。

「な、なんだこいつッ」
「でかい! 鎧人形の倍以上のでかさだ」
「重装人形アーマーパペットの数倍の力を持つパペット! 鋼鉄大猩々アイアンコングだッ」

 ヴォォォオオォォォォォオォッォォォオォ

 ゴリラ型のパペットから恐ろしい咆哮がほとばしる。
 分厚い腕を振り上げると超加重の一撃が振り下ろされた。
 一斉に皆が避けるとその一撃は地面に半ばまで埋まった大岩を粉々に粉砕して見せた。
 あまり余ってその衝撃が地面に巨大な大穴を穿ってしまう。
 攻撃を避けられたことが気に食わないらしく、今度は両腕を振り回しながら闇雲に辺りを暴走し始めた。

「ぐあっ、無茶苦茶だ!」
「厄介だぞ! シンプルに巨体と怪力で暴れまわる、しかも生命を持たないただの人形だ!」
「こんなもの、どうやって倒せばいいッ」

 そばに生える大木を鷲掴みにすると、猛烈な怪力で幹をへし折り、あろうことかその大木をシャマンやウィペット達に向かいぶん投げた。
 洞窟の入り口がある岩壁に勢いよく衝突した大木により、辺りにもうもうと粉塵が立ち込める。

「くそっ」

 それを見てウシツノが自来也を構え、アイアンコングに向かい走り出そうとする。

「待てッ、ウシツノッ!」

 粉塵が薄まり、岩壁前にのさばった大木を乗り越えるように、シャマンが、そしてウィペット、クルペオ、ギワラが立ち上がる。

「お前らは集落へ行けと言っただろッ! このデカブツはオレたちに任せりゃいいんだ」
「しかし、その傷で」

 やはり今の攻撃で無傷で済むはずがなかった。
 シャマンたちは土埃にまみれながら身体中にダメージを負っているのが見て取れた。
 流血はもちろんのこと、隠しているようだがもしかしたら骨折のひとつふたつ、していたとしてもおかしくはない。

「傷も何もない。アイアンコングに太刀打ちできる者などいやしません! おとなしく箱を渡しなさい」
「さっさと行けッ! 優先順位を見誤るなッ」

 男の警告をかき消すようにシャマンが吠える。
 アカメがそっとウシツノの肩に手を触れた。
 ウシツノは刀を鞘に納めながら踵を返して走り出す。

「ベルジャンッ」

 呼びかけにコクンと頷いたベルジャンは二人のケンタウロス族の戦士に合図する。
 彼らはそれぞれウシツノとアカメの身体を持ち上げると自身の背中に乗せて走り出した。

「ケンタウロスの脚力をもってすればずっと素早く戻ることができるッ」
「行かせるなッ」

 慌てた男の命令に一体の鎧人形がアカメを乗せたケンタウロスに武器を振りかざした。

「おっとぉ」

 だがその武器にシャマンの放った鎖鎌が絡みつき攻撃を阻止する。
 最速で遠ざかりながら、心配気にこちらを振り返るアカメとウシツノにシャマンは余裕の笑みを見せながら手を振った。

「さて、本当に我等だけでこのデカブツと残りの鎧人形を始末できると?」

 ウィペットの問いにシャマンが苦笑いをしてみせる。

「わるいな、ギワラ。オレたちについてきたばっかりによ」
「気にしてません。むしろあなたの無謀とも取れるこの判断にどんな結末が待っているのか楽しみです」
「キキッ! お前も変わってるな」
「ギワラよ」

 同じようにほくそ笑みながらクルペオがギワラに忠告する。 

「ひとつ教えておこう。何が正解かわからぬ時はリーダーであるシャマンの判断に従う。それがこのパーティー唯一絶対のルールなのじゃ」
「ま、そういうことだ」

 ニヤリとしながらウィペットもメイスと盾を構える。

「貴様ら、そろいもそろって愚かな奴らだ。逃げた奴らも無駄なこと。全員この山が墓場になる……」
「よう! オレ等も早く終わらせて集落へ行きてえんだ!」
「左様。無駄話はこれまでじゃ」
「すべて破壊する。正義と鉄槌神ムーダンに誓って」
「ぐぬぬぬ、減らず口を……アイアンコングよ! ギタギタにぶちのめしてやれィ」

 腹の底から響き渡る咆哮を上げながら、巨大なゴリラ型のパペットが突進してきた。
 どうみても勝機は見えない。
 ギワラは先程の大木による一撃以降、左肩に鈍痛を感じていた。
 今は戦闘による興奮状態で痛みをそこまで感じずにいられるが、おそらく骨に異常があるだろう。
 シャマンもウィペットもクルペオも、多分似たり寄ったりといったところだと思う。
 だがしかし、ギワラは不思議と恐怖を感じていなかった。
 むしろ楽しんでいたのだ。

「フフ、わるくない」

 誰にも聞こえないほどの囁きだった。
 感情を殺し、理屈と現実だけを直視して生きてきた彼女にとって、シャマンたちの行動すべてが新鮮だったのだ。

 彼らがどこまで行くのかを、ずっとずっと見ていたい。
 いつしかそう思うようになっていた。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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