【第168話】セーラー服のなおしかた

 風が心地よい。

 草原を渡るそよ風を浴びながら、ウシツノは目を閉じた。
 見渡す限りの草原だ。
 地平線の彼方まで続いている。
 見上げれば青い空を細い雲がたなびいている。
 その風景をシャットアウトして、一身に風だけを感じている。

 やがて静寂が訪れた。

 風の音も聞こえなくなる。
 身体が風に抵抗しようと思わない。

 心も身体も、風と共に流れていくような感覚。

 自然と一体に、自分が周囲一帯と同化していく想い。

 そこに違和感が生じれば。

 キィンッ!

 背後に向かい愛刀自来也を居合抜きする。
 カッと目を開けたウシツノの前に、レイピアで刀を防ぎ立っているタイランの姿が目に入った。

「風になれたか?」
「どうでしょう。流れに乗れたとは思いますが」
「風と一体になれたからこそ、オレのレイピアを受けることができたのだ」

 お互いが剣を鞘に納める。

「ウシツノ。お前の剣は剛剣だ。力と鋭さに秀でている。だが我が剣技、ハヤブサ流剣法を身に着ければ、精密性としなやかさをモノにできる」
「しかしオレは、親父が……カエル族の長老、大クラン・ウェルが編んだガマ流刀殺法を極めたいのです」
「ウシツノ。極めるとは、クラン・ウェル将軍に追いつくことを言うのか?」
「えっ?」

 ウシツノの思考が止まった。

「技術は常に進化する。先代が編み出したものを研鑽し、より高度に仕上げていくのが後継の務めだとオレは思う」
「……」
「ハヤブサ流剣法は我ら鳥人族バードマンの飛翔能力を加味した稀有な剣術ではあるが、カエル族特有の跳躍力を生かしたガマ流刀殺法になら応用できる極意はいくらでもある。それを身に着け、改良することでウシツノ」
「……」
「お前自身の手でガマ流刀殺法はさらに進化することができるんだ」
「オレの手で……進化……」

 ニヤっとくちばしをほころばせながら、タイランがウシツノの肩を叩く。

「剣士として、これほどやりがいのある目標はそうないぞ」

 歩み去るタイランの背中越しに風が吹きつける。
 正面からの風に思わず目をつぶる。

「う、いかん。風に逆らうべからず」

 首を振りながらウシツノは、最初に教わったハヤブサ流の教えをつぶやいた。

「親父を追い越す、か。……そう考える時が来た、ってことか」

 この広い大草原、アップランド平原の先を眺める。
 東の緑砂大陸グリーンランド、北方を占めるニンゲンの大国ハイランド。
 ここは首都である聖都カレドニアの西に広がる丘陵地帯である。
 遠くに見える丘を後いくつか超えれば、荘厳な尖塔をいくつもそびえさすハイランドの王城ノーザンブリアが見えるはずだ。

 ウシツノもタイランに続き歩き出した。
 ほどなくして今日の野営地となる岩場にたどり着く。
 なんてことはない、この丘陵地帯に点在する岩の影で寝るだけである。

「馬でもあれば平原を一息に走り抜けられるのだろうがな」

 そろそろ野宿にも疲れてきたので、そんなことを口走ってしまう。
 火を起こしていたアカメが顔を上げた。

「ウシツノ殿は乗馬をたしなむのですか」
「いいや、乗ったこともない」

 アカメの揶揄に素直に応じる。

「私もないです」

 アカメの横にいたシオリも同調した。

「急ぐ旅でもないし、構わんがな」

 ドカッと腰を落ち着けるウシツノにアカメが淹れたてのお茶を勧める。

「おう。すまんな」

 熱い緑茶だ。
 見るとタイランも同じお茶にくちばしをつけていた。
 だがその熱さにお茶は遅々として減らずにいる。

「だいぶ経ったな」
「なにがですか?」

 ボソッとつぶやいたウシツノにアカメは尋ねると、その視線がシオリに向いていることに気が付いた。
 アカメもシオリを見てみる。
 二人の視線が自分に集中していることに気付いたシオリは、その視線が自分の顔ではなく、胸元であることに気が付いた。
 それとなく両腕を上げて視線をカットする。

「な、なにジロジロ見てるんですか。きもい」 
「きも……そうではない。その、シオリ殿の服、セーラー服か? まただいぶ傷んでいるではないか」

 言われてシオリも自分の着ているセーラー服を眺めてみた。
 この娘はあろうことか、この異世界での過酷な旅をいまだに学校の制服姿で続けているのである。

「たしかに」
「だろ」
「じゃあ寝る前に直しますか」

 シオリは立ち上がると少しみんなから離れて剣を構えた。
 その剣は白く、長く、美しい。
 白姫としてのシオリに与えられた神器、輝く理力の剣シャイニング・フォースだ。

「転身、純白聖女ブラン・ラ・ピュセル

 輝く光に包まれシオリが姫神へと転身する。
 純白のスーツに光り輝く翼。
 右手を天にかざし呪文スペルワードを唱えた。

「光あれ、リュミエール」

 するとシオリの全身が光に包まれた。
 ついでと言わんばかりにウシツノ、アカメ、タイランまでも光に包まれる。

「お、お、おおッ」

 全員の身体から疲労感が拭い去られていった。
 それだけ済むとシオリは元の姿に戻っていた。

「ぷはぁ。どう?」

 スカートの裾ををひらひらさせながらシオリは一回転してみせる。
 そのセーラー服はまるで新調したかのように綺麗さっぱりとしていた。
 よく見れば各人の旅装束も汚れやほつれがなく、きれいに整っているではないか。
 はあ、とウシツノが感嘆の吐息を漏らす。

「この癒しというか、回復能力は白姫の専売だって言ってたな、アカメ?」
「実生活においては実に便利ですよねぇ。旅の疲労も、荷物の破損も、瞬く間に修繕できてしまいますよ」
「まあ限度はあるがな」

 タイランの言うように限度はあった。
 それは失ったものを蘇らせることはできないということ。
 シオリも座り込みながらぼやく。

「そこそこ疲れるんですよ、これ。一日に何度も、とはいかないです」
「それでも便利なもんだ。なんたって宿代要らずだからな」
「お風呂ぐらいはちゃんと入りたいんですけど……」

 ワハハと笑うウシツノにシオリは呆れた顔でひとつ愚痴った。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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