
にじり寄り、包囲を狭める憲兵たち。
金色の幻想亭の外壁を背にしたミナミたちは半円形に広がる憲兵らに囲まれていた。
周囲には他の商店が建ち並ぶが、朝も早いため出歩く人の姿もまばらだ。
というよりも厄介ごとに巻き込まれまいと、みな建物の中から成り行きを見守っていると言った方が正しい。
「憲兵は殺っちゃってもいいにゃ?」
ぴっちりとした黒いキャットスーツを着こみ、目に見えないほど細い鋼糸を弄びながら、メインクーンが舌なめずりする。
「ん? あぁ……」
「やめておけ。今はまだ相手の理不尽な要求で済むが、殺してしまっては完全に犯罪者として言い逃れできなくなるぞ」
シャマンに変わりウィペットがメインクーンをたしなめる。
「向こうはミナミ以外ヤるつもりに見えるんよ」
レッキスも怒り心頭といった具合だ。
「とりあえずここは逃げの一手だ。正義は我らにある。自ら悪に堕ちることはない」
「さすが、正義の鉄槌神ムーダンの神官戦士らしいお言葉だよ」
メインクーンもレッキスも不満そうだ。
「えぇい! とにかくここを脱出するんだ」
シャマンが厳しい声で一喝する。
「どうやってさ?」
「ミナミ! 奴らの度肝を抜いてやれ」
「はい?」
「今ここで、見せてやれや。あいつらが欲しがってる、姫神さまの力をよ」
シャマンが意地の悪い笑顔を見せる。
「にひひ! オーケー」
ミナミも意図を察してやってやろうという気になった。
憲兵たちの前にミナミが単身で前面に出てくる。
よもやの対応に憲兵たちがざわつくと、彼らにとって初めて見る光景が訪れた。
「土飢王貴!」
ミナミの呼びかけに背から抜いた大剣が変化する。
刃に無数の鋭い爪を生やしたノコギリ状の恐ろしいデザインだ。
「おお!」
憲兵たちからどよめきが漏れた。
「転身! 金色弓尾ッ」
ゴウッ!
地面から舞い上がる土埃が渦となり、ミナミの姿を覆い隠す。
その場にいた全員が腕で顔をかばい、そして風が止み、腕を下ろしたとき、ミナミの姿が神々しく変貌していたことを知った。
白い羽衣に黄金の鎧、黄金の装飾品、流れる金髪に大きな狐の耳と九つの尾を持つ姿。
「ほう。これが姫神金姫か」
「黄金色に輝く毛並み、九本の尾! 伝説の妖狐、九尾の狐ナイン・テイルを宿しておるんじゃ」
興奮するスイフト爺さんの声をフリッツが聞き取る。
「ナイン・テイル?」
「そうじゃ、多彩なマギを操る物の怪! おそらく金姫は七人の姫神中最も魔力に特化した存在であると推測しておる」
「ほう……」
犬狼ウルフマンのフリッツが再びミナミに視線を戻すと部下たちを鼓舞するように声を上げた。
「憲兵たちよ! 恐れることはない! 貴公らには〈正義の鉄槌神ムーダン〉の加護がある! 恐れるな! かかれィ!」
「おおッ!」
フリッツの号令に呼応して憲兵たちがミナミへと殺到した。
「大勢で来たって無駄ですよ! 土飢王貴・鉤爪追尾」
ミナミの持つ大剣の刃にずらっと並んだ無数の爪。
それらがカタカタと小刻みに震えだしたかと思うと突然分離し憲兵たちに向かって勢いよく射出された。
その場にいたすべての憲兵に等しく一本ずつ、鋭利な爪が飛来する。
「うわぁ」
「ひッ」
慌てて手にしたメイスやハンマーを振るう者、頭を抱えてしゃがみ込む者、距離をとろうと大きく後方へ逃れる者。
統制の取れていたはずの憲兵たちが瞬く間に散り散りになる。
「うろたえるなッ」
自分にも飛来する爪を盾で払い落とそうとしたフリッツだが、その爪が目の前で急停止すると急角度で上方へ方向転換、撹乱するように何度も角度を変えて周囲を飛び回りだす。
目で追うのも辛くなってきたころ、一瞬の死角から再びフリッツにめがけて真っすぐ飛び掛かってきた。
「なんだと!」
周囲で必死に応戦する憲兵たちも同様であった。
爪はそのひとつひとつが意志を持つかのように相手を翻弄し、襲って来るのだ。
ガコッ!
フリッツが正面から飛来した爪にモーニングスターの先端、重い鉄球をぶち当てる。
が、なんとその重い鉄球は砕け散り、爪は悠々と上空へと飛び上がったかと思うと、ミナミの持つ大剣の刃へ収まりそしておとなしくなった。
他の憲兵も同様である。
勇敢に応戦した者、怯え逃げ惑った者、みな等しく武器を破壊されていた。
逆に破壊された爪はひとつもない。
「おのれ、最初から我らの武器破壊が狙いか」
「違うよ」
「はっ!」
そこでようやくフリッツはミナミ以外の者の姿が見えないことに気が付いた。
「いつの間にか逃げたか。しかし我らの狙いも姫神のみ! 貴様は逃がしはせんぞ」
「ふふん! バイバ~イ」
あざ笑うかのように手を振りながらミナミは大きく跳躍すると、なんと憲兵らの手の届かない上空を飛行して逃げ去ってしまった。
翼も持たない女が空を飛ぶことに唖然としたフリッツだったが、すぐに正気に戻ると部下たちを叱咤した。
「くっ、空まで飛べるとは! 追うぞ! 姫神の逃げた先は太古の森、〈聖域〉の遺跡がある方角だ」
そばで腰を抜かしている部下の頭を小突きながら、フリッツは先頭に立って走り出した。
今まで自分をここまで虚仮にした者たちはいなかった。
自分は常に優秀な成績を収めてきたという自負がある。
それゆえ任務でなくとも決して奴らを許す気にはなれなかった。
珍しく頭に血が上ってしまったフリッツは、学者の老人の姿までもなくなっていることに気付けずにいたのだ。






