【第112話】アユミの決意

「ヒガ様ッ」

 汚らわしいオークどもの血と脳漿のうしょうを身にこびりつかせたまま、ブリアードはヒガに駆け寄った。
 茫然自失としているが、致命傷と言えそうなケガなどは見当たらない。
 ただ身にまとっている衣服や髪、肌などは悲しいほどに乱れてはいた。
 ブリアードは丁寧に主を支え助け起こす。

「ヒガ様、申し訳ございませぬ! わたくしがいながら」
「ブリアード……」

 か細い声でヒガは反応した。

「し、心配には及びません。この程度の屈辱、わたくしは……ハナイを、助けねばならないのです」
「ハナイ?」

 アユミの疑問の声はヒガまで届かなかった。

「とにかくここを脱出しましょう。アユミ様はどうなさいますか」
「あたしは……」

 おそらくブリアードひとりでヒガと二十人あまりの娘たちを守って逃げきるのは難しいだろう。
 それはわかる。
 でもアユミにとって一番大切なのは……。

「ごめんなさい。あたしはまだ行けない……」
「そうですか。では、ご武運を」

 表情を変えずにブリアードはヒガを支えて歩き出す。

「ブリアードさん」
「はい」
「ブドウグラタン、美味しかったです。また食べたいな」

 振り向いたブリアードの表情が和らいだ。

「あなた方と過ごした期間、わたくしも楽しゅうございました」

 ブリアードは女神像の足元にある抜け穴の入り口を開放した。
 そしてその穴にヒガを抱いたまま入り込む。

「さあ、みんなも後に続いて!」

 アユミは娘たちを送り出し、最後のひとりが穴に入り込むのを見届けた。
 そして全員がいなくなると穴を塞ぐためにクリムゾンスマッシュで女神像を叩き壊し瓦礫の下敷きにした。

「これでこの穴からは追いかけられない」

 風は強くなるばかりで、ますます火の勢いも増し、暗かったこの裏庭にも炎の明かりが届き始めていた。
 屋敷の中からは狂乱状態に荒ぶるオークどもの叫び声が鳴り止まない。
 だがアユミはそれを無視してアマンの戦っている表の庭に向かい走り出した。

「こんなところにいたか姫神ィッ」

 しかしすぐに巨漢の影がアユミの前に立ちふさがった。

「お前はッ」
「グハハハッ!」

 そいつは盗賊ギルドの幹部として現れたトカゲ族の巨漢コモドだった。
 不気味に笑いながらアユミに向かい何かを放り投げる。

「はっ」

 その何かがなんであるかに気付いてアユミは慌てて落下地点で抱き留めた。

「アマン! アマンったら! しっかりして」

 それはボロボロに打ちのめされたアマンであった。
 必死に揺さぶるがアマンの意識は戻らない。
 アユミが怒りの形相でコモドを睨みつける。
 そこで炎の明かりに照らされた巨漢の姿にアユミは驚いた。
 コモドもまた深い傷を負っていた。
 その傷は主に左半身、胸のあたりに集中していた。
 左胸からの出血が止まらないらしく、顔面は蒼白で呼吸も荒い。
 左腕は全く動かせないようだった。

「まったく、手こずらせてくれたぜ、そのクソガエルはよぉ。このオレ様の鋼鉄の肉体にこんだけ傷を負わせるたぁ」

 傍から見ても立っているのがやっとなのではなかろうか。
 話す声にも力が抜けているように聞こえた。

「さあ姫神よぉ! 始めようじゃねぇか」

 それでもコモドはまだ戦うつもりのようだ。
 アユミはアマンの身体を胸にギュッと抱きしめた。

「本気で言ってるの? アマンに酷いことしたアンタを、あたしは容赦しないよ」
「グハハッ! 小娘がイキってんじゃねえぜ」
「そう……」

 立ち上がるとクリムゾン・スマッシュを振りかざした。

「転身! 姫神ッ!」

 もう誰にも遠慮する必要はない。
 アユミの体が紅蓮の炎に包まれた。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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