【第100話】疑念

「来た来た。性懲りもなくまた来たよ」

 マラガの街へ入る街道を見下ろせる丘の上で、アユミはやって来る荷馬車の姿を発見した。

「アマン! 今日もいつもと同じ、木箱を積んだ馬車が来たよ」
「ああ、そうみたいだな」
「よし! じゃあヤッちゃおう」

 早速アユミは馬車の前に飛び出そうとアマンに持ち掛けた。
 今回も雇い主の調べ上げた情報から、あの荷馬車には奴隷としてさらわれてきたニンゲンの娘が乗せられているはずだ。
 だがアマンは今のこの状況が気がかりでならなかった。

「なあアユミ、オレたちが奴隷を解放し始めて今日で何回目になる?」
「え? んーっと五……いや、六回目かな」
「七回目だ」
「知ってるなら聞かないでよッ」

 アユミが不貞腐れる。
 奴隷解放戦士を名乗ってから三週間、実に三日に一度のペースで荷馬車を襲い奴隷を逃がしてきた。
 それでも相も変わらず同じ手法で盗賊ギルドは奴隷を運び続けている。
 と言っても三週間、平均すれば三日に一度のペースだが、忠実に三日間隔というわけでは無論ない。
 なにせ今回は一週間ぶりの出動だ。
 ここにきて間隔が少し開いたのは明らかに盗賊ギルドが警戒していたに違いない。
 にも拘らず、それが今日、一週間ぶりに再開した理由はなんなのか?
 変り映えのしない護送形態なのも腑に落ちない。

「罠じゃないかな」
「え?」

 アマンの脳内で警戒信号が鳴っていた。
 ここは様子見に徹するべきではないか、と。

「今回は手を出さず、見送った方がいい」
「なにそれ」

 アユミの顔が険しくなった。
 アマンは諭すように言葉をつづける。

「罠かもしれないってことさ。奴ら、オレたちを返り討ちにできる何かを用意したんじゃないか」

 改めてアユミは近付いてくる荷馬車を眺めた。
 一見、今までと何も変わり映えがしない。
 それどころか今回は御者がひとりいるだけで、他に護衛らしい姿も見当たらない。

「いつもより簡単そうだよ」
「そうだけどさ……」

 あまり気乗りしないアマンの態度にアユミはイラついた。

「アマン。今回も情報があってあたしたちは来てるんだよ。それを見逃したら、あの馬車に乗せられている娘はどうなっちゃうの?」
「乗ってれば、な」
「乗ってたら?」

 どうやらアユミは引き下がるつもりはないようだ。
 アマンが行かなくてもアユミはひとりで飛び出していくだろう。
 それこそ罠などお構いなしに、助けられる人がいるのを見過ごすことは彼女には到底できない相談なのだ。

「ったく、仕方ないな。けど危険だと感じたらすぐに撤退するぞ。その時は言うこと聞けよ」
「うん!」

 アマンは背中から二本のだんびらを抜き丘を駆け下りる。
 アユミもそれに続いた。

「そこの荷馬車、止まれッ」

 馬車の前に躍り出たアマンが御者の鼻先にだんびらを突き付けた。
 すぐ横にアユミもやってくる。

「ひぃっ!」

 驚いた御者が慌てて手綱を絞ると荷馬車はアマンの手前で急停車した。

「カ、カエル族と赤い髪の人間! もしかしてお前たち……奴隷解放戦士!」

 御者のセリフにアユミがふんぞり返って人差し指を突き付ける。

「そうよ! 痛い目に遭いたくなかったらおとなしく、さらってきた人を解放しなさい」
「ま、待ってください! あっしはただ農作物を村から運んできただけで……人さらいだなんて」
「そうやって、今までみんな同じ嘘をついてきたわ! 言うこと聞かないと」

 ボッ! とアユミが人差し指の先に小さな炎を灯らせた。

「ひ、ひぃ!」

 御者は慌てながら荷馬車から転げ落ちると、一目散に街とは反対方向の丘の上へと走って逃げだした。

「あらら。逃げちゃったよ、アマン」
「ほっとけ。オレたちの目的は解放だ。まずは荷物をあらためよう」
「うん!」

 アユミが荷台に飛び乗りひとつひとつ釘を打たれた木箱のふたを開け始める。
 それを眺めながらアマンはやはり釈然としないままであった。

「ずいぶんあっさりと逃げていったな」

 初めから危険は承知のようであった。
 それなのになんの手立ても打たずにやって来た挙句、荷物も持たずに逃げていった。

「アマン、やっぱりいたよ! さらわれてきた女の子が」

 アマンも荷台に飛び乗りアユミの開けた木箱の中を覗いてみた。
 薄絹一枚を纏っただけのニンゲンの若い女がひとり、手足を縛られて猿ぐつわを噛まされた状態で眠り込んでいた。

「ひとりだけか?」
「そうみたい。他の箱は全部、野菜ばかりだったよ」
「今までは一度に三から四人運んでいたのにな」
「さらわれる子が減ってきたんじゃない? 護衛も人手不足みたいだし、あたしたちの活躍のおかげかも!」

 アユミは「やったね!」とご満悦の様子だ。
 女の子の猿ぐつわを解き、優しく声をかける。
 すると木箱の中の女がゆっくりと目を覚ました。

「おはよ。もう大丈夫だよ! あたしたちが悪人を追い払ってあげたから。あなた、お名前は? あたしはアユミ」
「ネ、ネダ……といいます」
「ネダ。どこから来たの?」
「エ、エスメラルダです。ひとりでいた時に突然襲われて……」
「そうだったの。安心して、すぐにお家へ帰してあげる。とりあえず今は安全な場所へ行くけど、平気?」
「は、はい。……お願いします。家へ、帰りたいです」

 アユミはネダと名乗る女の縄をほどいてやると、手を貸して木箱から助け出してやった。
 そしてアマンと共に街道を外れ、マラガの街へと繋がる川を目指す。
 そこに用意していた一艘の小舟に乗り込むと、水路から街へと目指し小舟を漕ぎ出した。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 一目散に逃げ出した御者が丘をぐるりと回りこむと徐々に走るスピードを緩めた。
 アマンとアユミからはとうに姿は見えないであろうこの場所に、二人、御者を待つ者がいた。
 ひとりはガタイのいいデカい図体をしたトカゲ族。
 もうひとりは厭らしい上目遣いで人をねめつけるカメレオン族だ。
 御者は二人に頭を下げると下品な言葉づかいで首尾を報告した。

「予定通りいきやしたぜ。コモド様、ウサンバラ様」

 待っていた二人は盗賊ギルドの幹部、トカゲ族の大男コモドとカメレオン族のウサンバラであった。

「ごくろうさまです。あなたは街へ戻り長に報告を。作戦決行は今夜、日付変更後の二明の刻(午前二時)です」

 御者……盗賊の男はマラガの街へととってかえした。
 その後ろ姿を見送りながらコモドが愚痴る。

「ウサンバラ。なぜ今あのカエルとニンゲンのメスをやっちまわねえ? まだるっこしいぜ」
「まあ、お待ちなさい。あいつらを使って我々の邪魔をした者を特定せねば、また別の駒を使って同じことを繰り返されるだけです」
「チッ」
「今夜には正体が割れます。まあ、目星はついていますがね」

 ウサンバラは先日の五商星会議の模様を思い出していた。
 その中にひとりだけ、奴隷解放戦士という通り名を知っていた者がいた。
 これまで襲われた馬車は盗賊ギルドに関係する者ばかりだった。
 当然強奪者の素性や事の詳細には緘口令かんこうれいが敷かれ、表には情報が漏れていないはずだった。

「情報が漏れていたという可能性もあり得ましょうが、それよりもまずは元々の関係者である、と考えるのが先でしょう」

 そのうえその当人の素性や理念をかんがみれば、これは十分あり得る解答でもあった。

「あと数時間の辛抱ですよ。その時に答え合わせができます。そのあとは、存分に暴れてください」
「おう!」

 ガツンッと両の握り拳を打ち合わせながらコモドが吠える。
 持て余した力を存分に振るえる機会が待ち遠しくて仕方がない様子である。

「来月の五商星会議は盛り上がるでしょうね。ククク、四商星になっているかもしれませんが」

 その時強い風が吹き、クククと笑うウサンバラの忍び笑いは風にかき消されてしまった。
 コモドが一言、今夜は嵐が来るだろう、とつぶやいたのが聞こえたが、ウサンバラにはそれが比喩か予報かなど関心も持たなかった。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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