ナナは慌てて身構えた。
マユミの五条に分かれた鞭がそれぞれ別角度から襲いかかってくる。
一本一本がまるで意思を持った蛇に見えた。
上からくる二本の鞭はナナを頭から打ち据えようと空気を切裂いてくる。
下から迫る二本の鞭はナナの動作を封じ込めようと渦を巻いてやってくる。
そして最後の一本は正面から、ナナの首に絡みつこうと鎌首をもたげて伸びてくる。
ナナは両手で上からの鞭を防ごうとしたが、その鞭が手首に巻きつき腕を封じられた。
下から迫る鞭がナナの足首に巻きつき移動を封じられた。
そして正面から迫った鞭はナナの首に何重にも巻きつき締めあげた。
「う、くっ……」
四肢と首をからめ捕られて身動きができない。
手足は骨が折れそうなほどに強く締め付け、首は呼吸を止めるほどに圧迫されていく。
ギリギリと締め付ける力は徐々に強まっていった。
「桃姫の神器、〈龍騎〉じゃ。苦しかろう」
マユミの隣に立ち、ナナを睥睨する女王の顔が愉快そうに笑っていた。
「く、確かにすごい力だ。私以外ならこの時点で詰みだろう。だがッ」
ナナの纏う銀色のスーツがまたも変態を始める。
四肢と首、鞭の巻きついた部位だけが膨れ上がると、なんとその部分だけが高速で回転し始めた。
ビィーッと、モーターが駆動するような低い音を立てながら、巻きついた鞭と逆に回転し縛めを振りほどいてしまう。
「ほほう。なんとも変わったスーツじゃ。面白い」
「今度は私の番だ! 我が聖剣〈銀星号〉を味わうがいい」
クリスタルの刃が美しいナナの剣がマユミに向かって一振りされた。
刃圏の外からだが、振られたクリスタルの軌道上に水がほとばしった。
弧を描く水の放物線が咄嗟に顔をかばったマユミの左腕にまで届く。
「ッ!」
その途端、水が瞬く間に結晶化してマユミの左腕をクリスタルで覆い固めてしまった。
左手の指先から肘までがクリスタルの結晶で固められてしまったマユミは仰天して必死に腕を振りまくった。
無事な腕でたたいたり、地面に打ち付けてみるもクリスタルには亀裂も入らなかった。
「水晶凍結。この水は浴びた者を結晶体に閉じ込めるのだ。もうその腕は使い物にならないぞ」
ナナは立て続けに剣を振るった。
マユミに結晶化する水しぶきが雨あられと降り注ぐ。
女王は巻き込まれまいとして距離をあけるとエントの残骸を伝い駆け降りた。
マユミは体中を結晶化したクリスタルで固められ、すっかり身動きができなくなっていた。
両腕を上げて顔をかばった姿でほとんど彫刻と化している。
ナナはマユミを無力化したと見て、急いでハナイの閉じ込められた檻へと向かった。
「ハナイ様ッ!」
間近で檻の中のハナイを見て愕然とした。
触手に蹂躙され、もはや何の反応も示そうとしないハナイがそこに横たわっていた。
「やめろッ、ケダモノめ」
格子の隙間から剣で突き刺し、気味の悪いイモムシを始末する。
続けて一閃した剣は格子を斬り開け、ナナは中から触手にまみれたハナイの裸身を引きずり出した。
「ハナイ様ッ、ハナイ様ッ! ああ、なんてこと」
剣を捨て、両手で夢中になってハナイに絡み付いた触手を取り除いていった。
「ナナ……」
「ハナイ様ッ!」
「はぁっ……」
うつろな反応を示したハナイは熱い吐息と濡れた瞳のままにナナへとしなだれかかった。
「もう大丈夫です! ハナイ様……」
ハナイの手がゆっくりとナナの頬を撫でる。
両手でナナの顔をつつみ、上体を起こしてナナに覆いかぶさった。
「ハナイ……さま」
ハナイの瞳は潤んでいた。
それは情欲に溺れているようにナナには見えた。
「ん……」
唇を吸われた。
色恋沙汰に疎いナナには初めてのことだったが、相手がハナイであることをうれしく思った。
執拗にハナイはナナの唇をむさぼった。
「ん、んん……い、いけません、ハナイ……さま」
脳まで蕩けそうな甘美な誘いを何とか振り切り、ナナは自らハナイを引き離した。
「ハナイ様、正気に戻って……」
そこで背後から水晶の砕ける音がした。