初めて見た村の風景は瓦礫と死体の山だった。
この世界に住む人々の営みがあった村の風景にシオリは強いショックを受けた。
数日間を山で過ごし、それはまた逃避行でもあった。
ウシツノとアカメは無残なこの村のことを思いつつ、あの辛い夜を過ごしていたのだとようやく理解した。
家屋や畑は破壊し尽され、放置されたままカエル族の遺体が山と積まれていた。
たくさんのかがり火がその恐ろしい光景を浮かび上がらせる。
なるべく見まいと目をそらし、別の方向に注意を向けると、村の中央に位置する広場に人影が集中しているようだった。
特に目を引いたのは大きなトカゲ族の死体にすがり咽び泣く、二人のトカゲ族の武将だった。
シオリがトカゲ族を直に見たのはこの時が初めてだった。
あれがレイの恐れていたトカゲ族。
たしかにウシツノやアカメといったカエル族とは雰囲気が違う。
もっと粗野で好戦的に見えた。
それでも、あのように咽び泣く姿はなんとなく哀れで見るに忍びない。
そしてもうひとり目を引いたのがあの魔女だ。
レイが恐れていた魔女がいる。
口元や身に着けた革の服に赤い鮮血をこびりつかせ、レイに歩み寄っていく。
実に恐ろしい姿に見えるが、しかし不思議なことにレイは恐れる素振りも見せずに魔女を迎え入れようとしていた。
「待って! レイさん」
シオリは声を上げ魔女とレイの間に割って入った。
「シオリ殿ッ」
「シオリさん」
ウシツノとアカメは姿を現したシオリのもとへ真っ先に駆け付けた。
それをレイが寂しげに見ていることにも気付かない。
「来てしまったのですか、シオリさん」
「ごめんなさい。でも、私が来なくちゃいけない気がして」
カタカタッ!
そう言った途端、シオリの手に持つ白の剣が小さく震えだした。
「ッ!」
レイも驚いて自分の手の中を見ると、呼応するかのように黒の剣も震え始めていた。
「輝く理力と死をもたらすものが共振しているのよ」
「シャイニングフォース?」
魔女の発した耳慣れない言葉が何故だかシオリにはしっくりきた。
「そう。あなたの持つその剣、白姫の神器の名よ」
シャイニングフォース……小さな声でもう一度、シオリはその名をつぶやいた。
「何故、二つの剣が共振しているか、わかるかしら?」
魔女の問いにシオリはしばし考えてみたがわからなかった。
「……わかんないです」
「ふふ、それはね、あなたたち二人が戦いたがっているからよ。相手の姫神を消し去りたいと、自分が勝ち残りたいと思っているからなのよ」
魔女はレイの顎に指をかけ、そっとこちらを向かせて笑った。
「ねえ、レイ。そう思うでしょ?」
レイは困った顔をして唇をかむと瞳を震わせた。
シオリはたまりかねて反論する。
「そんなことないです! 私はレイさんを消し去りたいなんて思いません。そんなの当たり前じゃないですか」
「白姫はああ言ってるけど、あなたはどう?」
レイの目を見つめながら問いかける。
魔女の金色の瞳は全てを見透かしたようにレイの心の内を探ってくる。
レイはその瞳から目を反らせず、心の内を誤魔化すことも、たぶらかすことも出来なかった。
「私は……」
たぶんおそらくこれは私の本当の気持ち。
レイはキッパリと答えた。
「私は白姫を消し去りたい」
「ッ!」
その発言は皆に衝撃を与えた。
とりわけシオリのショックは大きかった。
離ればなれになっていた少しの間に、レイは別人になってしまったようだった。
「レイさん、どうして……」
シオリの問いかけに、レイは悲しい目をする。
そして恨みがましい目でシオリを睨むと、
「あなたはいいわよ。優しいカエルさんたちに守られて」
「えっ」
「どうして私だけ?」
絞り出すような声だった。
その問いかけにシオリは何も言えなかった。
自分がウシツノとアカメ、そしてアマンに保護されたのは偶然でしかない。
自分がレイのように酷い扱いを受けていた可能性も否定できない。
自分で選べたわけではないのだ。
いや、そもそも姫神などという訳のわからない代物に、自分がなれるという事自体、選べたことではなかった。
だからシオリにはレイの気持ちもわかるし、レイの問いに答えを持たないことも理解していた。
レイもそれをわかっている。
どうしようもない理不尽に理屈で理解などできようもなかった。
どうすればいいか。
どうしたって満たされない。
それなら……いっそのこと。
「ズルいよ。だからみんな、死ねばいい!」
そう言ってレイは黒い剣を地面に突き立てた。
そして金切り声を上げて叫ぶ。
「転身! ……姫神!」
ゴウッ! と地面から黒い風がうなりを上げてレイを飲み込む。
シオリが見た黒い風のうねりは、禍々しい空気をはらみながら激しさを増していく。
もう言葉でレイを癒すことはできそうにない。
意を決し、白い剣を天に突き上げシオリも叫ぶ。
「転身! 姫神ッ!」
天から一筋の白い光が降り注ぎ、シオリを包む。
黒い風と白い光をオーヤは嬉しそうに眺める。
「うふふふ。白姫と黒姫。全く相反する姫神同士が、こうも早くもぶつかるなんてね」
楽しくて仕方がないという顔で、オーヤは変貌する二人の少女を見ている。
光と風が止み、姫神へと変貌したシオリとレイが、向かい合ったまま剣を構える。
そして同時に相手に向かい駆け出した。