【第42話】賭け

 インバブラに導かれるまま、レイは黙々と後について歩いた。
 目の前を行くこのカエルも危険を避けようとしていたから、きっと大丈夫だろうと考えていた。
 不安を必死に押し殺して、自分に言い聞かせることでどうにか安心を得られないか。
 うつむき加減で歩くレイは何処をどう歩いていたのか道筋はとうにわからなくなっていた。

 不意にインバブラが立ち止まった。
 闇の中で木立が生い茂るため周りが良く見通せない。
 足元は固い岩盤であり、片側は高い崖が壁となって立ちはだかっていた。
 明かりもなく、建物も立札も道らしい道もなさそうだった。
 もちろんアカメやウシツノ、シオリにタイラン、そしてヌマーカが待っていてくれたわけでもない。
 どうしてこんな所で立ち止まる必要があるのか。

「あの、どうしました?」

 レイは恐る恐る、インバブラの背中に尋ねた。
 しかしインバブラは答えず、振り向きもしない。
 言葉が通じないもどかしさにレイはイラついた。

「あのッ……」

 少し大きく声を出そうと口を開けた時、ようやくにしてレイは前方に立ちはだかる存在に気付いた。

「ひッ」

 即座に正体が分かった。
 そこに四匹のトカゲ族が立っていたのだ。
 四匹とも、それぞれ大小様々なケガを負っており、そのせいで余計に殺気立っていた。
 とりわけ酷いのが中心に立つ大きな緑色のトカゲ族だ。
 レイは名前までは知る由もないが、隊を指揮するボイドモリだった。
 彼の左腕は肘から先が無くなっており、右の眼窩からも流血していた。
 他の付き従うトカゲ族も火傷を負った者、身につけた鎧がひしゃげて骨を折っている者、とかなりの痛手を被っている。
 被害が甚大であるのは明らかで、その憎悪からこちらの言い分には一切耳を貸しそうもない雰囲気があった。

「カエルぅ……こんな所にもいやがったかぁ……」

 絞り出すような声で威嚇するボイドモリは、その凄惨な姿と相まって実に恐ろしく見える。
 足を引き摺りながらもこちらへと近寄ってきた。

「ずいぶんと恥をかかされたぞ……あんな老いぼれひとりに、こうまでズタボロにされるとはなぁ」

 相手は瀕死に見える。
 戦えば勝てるのではないか。
 レイは一縷の望みを持ってインバブラを見守るも、彼はその場で凍りついたように動けずにいた。
 逆を言えばあの状態でも凄んで見せるボイドモリの迫力に胆力で負けていたのだ。
 その内に周囲を他のトカゲ族に抑えられてしまった。
 もはや逃げることもままならない。

「このままおめおめと帰れるわけがない。そこの黒姫を連れ帰るだけでは足りぬッ! カエルというカエルは皆殺しにしてやらねぇと気が済まねェッ」
「ヒィッ」

 縮み上がったインバブラはあろうことか、レイの背中の影にそそくさと隠れようとした。

「お、おいッ! さっきのすごい力だよ、お前もできるんだろ? ヤれ! ヤッちまってくれェ」

 わめくインバブラだがレイには何を言っているのかもわからない。
 一匹のトカゲがインバブラを殴りつけ、地面にぶっ倒れた彼は岩盤にしこたま頭を打ち付けた。
 そして別のトカゲ族がレイを背後から押さえつける。

「イヤあぁッ」
「静かにしろッ」

 頬を平手打ちされるとレイはたちまち大人しくなってしまった。
 どうあっても力の強いトカゲ族の拘束は振りほどけそうもない。

「よし、カエルは殺せ」

 ボイドモリの命令に一匹のトカゲ族がインバブラに近寄った。

「ま、まってくれ!」

 慌てたインバブラは跳ね起きて命乞いをする。
 思いつく限りの謝罪や懇願の言葉を並べ立てるがボイドモリの考えに変わりはなかった。

「殺れ」
「ヤメテクレェ」

 剣がインバブラの首に振り下ろされた。

「オレ様を殺せばこのニンゲンは使えなくなるぞォッ」
「待て」

 首の皮一枚を切ったところで剣が止まった。

「ハァハァ……勘弁してくれ…………」
「貴様、口から出まかせ言ってるんじゃねえだろうな?」
「でまかせ?」
「黒姫だッ。貴様とどう関係するというのだッ」

 咄嗟に出た言葉が奏功したらしい。
 思惑なんてなかったが、どうにか誤魔化しで時間を稼げる気がしてきた。
 ここで不思議にもインバブラに恐怖と戦う気持ちが芽生え始めた。

「へ、へへ……ならよぉ、取引しようじゃないか……」

 冷や汗をかきつつも、インバブラの口元には不敵な笑みがこぼれていた。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」先行掲載、鋭意連載中、「ノベルアッププラス」には467話(更新停止)まで掲載されています。

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