【第176話】記録の水晶

「ボーッ! シュコーッ! ボーッ! シュコーッ」

 金属がこすれるような音が混じり、ブリキのフクロウの鳴き声にも濁音が混じる。

「ボーッ! シュコーッ! ボーッ! シュコーッ」

 さらにガシャンガシャンと異音を奏でながら羽ばたく金属の鳥は、それでもスイスイと、それは見事に大空を滑空するのだから何とも面妖としか言い表せない。
 その雄姿は決して美しくは見えないが、どこか愛くるしさを感じさせる。
 ブリキの彼が飛ぶ前方に大きな城が見えてきた。
 丘陵地帯にそそり立つ、いくつもの白い尖塔を構えた白亜の城だ。
 青い空と緑の草原、万年雪をたたえた山々の稜線を背景に、その白く荘厳な城はまさに絵画を切り取ったかのような美しさをたたえていた。
 近付くにつれその城を囲むように広がる城下町も目に入る。
 多くの人々が行き交う通りの上空を滑るように飛んでいく、そのブリキのフクロウの姿に目を止める者は少なかった。
 この国の人々からすれば、それはもはや大して物珍しい光景ではなかったからである。
 その一例が重装型鎧騎士アーマーパペットだ。
 ウシツノたちも対峙した、あの動く鎧騎士が街中を闊歩していた。
 その姿を見るや人々は顔を伏せ、あるいはそそくさと路地裏へ逃げ込んでいく。
 人形であることは百も承知。
 そしてそれがあのウォーレンス家、すなわち現国王直轄の騎士団員であることも周知されている。
 この国がその異様な様相を呈すようになったのはわずかにひと月ばかり前のことだ。
 旅の商人を名乗る青年が、実に魅惑的な踊り子を伴い王宮へ参じてからだった。
 国王にどう取り入ったのか、その商人と踊り子は今や王の御伽集として、単なる雑談相手以上の寵愛を受けるようになっていた。

「ボーッ! ボーッ」

 ブリキのフクロウが十本ある城の尖塔のうち、三番目に高い尖塔の中腹に位置するテラスへと降り立った。
 そこにひとりの青年がいた。
 腰まで流れる金髪に色とりどりの布を巻きつけている。
 端正な顔立ちで、透き通るような白い肌を覆うようにゆったりとした衣服をまとっている。
 細かな刺繍の施された裾口から、伸び出た白い手の上にブリキのフクロウが降り立った。

「おかえりプーボ」
「ボーッ! ボーッ」

 フクロウを腕に停まらせたまま、青年は屋内に入る。
 風通しがよく、広々とした室内は豪奢な家具や調度品、咲き乱れる花々で飾られていた。
 数歩進んだ先に白い壁が剥き出しの、飾り気のない暗がりの一角があった。
 青年はそこで立ち止まると、懐から小さなカギを取り出し、フクロウの背中に空いたカギ穴に差し込んだ。
 カチリと音がして、フクロウの目に嵌め込んだレンズが外れると青年の手の中に落ちた。
 脇机に置かれた燭台のロウソクに火を灯す。
 レンズを火であぶり出しながら剥き出しの白い壁に光を当てた。
 しばらくすると壁に動く映像が現れた。

「ふむ」

 壁には蒼い毛並みの巨大な狼の群れと、足を鎖で繋がれたケンタウロス族の戦士たちの激闘の様子が映し出されていた。
 音声はない。
 静かな映像が静かな部屋で再生されている。

「ちゃんと撮れているな。貴重な記録の水晶レコード・レンズだが、プーボに装着させれば情報収集に使えることがわかった」

 映像の中でケンタウロスの戦士が次々と倒れていく。

「さすがにベルジャンの奴は粘るな。だが味方が全滅すれば奴とて折れるだろう。その最期まで映っていればいいのだが……むっ」

 にわかに青年の眉間にしわが寄る。
 映像の中で予期せぬ乱入者が現れたのだ。

「なんだ、この者たちは? カエル族に鳥人族バードマン。ベルジャンに助太刀したようだが……」

 カエル族の若者がベルジャンに一点を指し示している。
 映像もそちらへ移動する。
 するとそこにニンゲンの少女が映し出された。
 華奢な体つきをした年端もいかぬ少女のようだが、不似合いなほど長い剣を持っているのが気になった。

「……まさかッ! いや、そんなッ」

 青年のうめくような声を聴き留めて、奥の部屋からひとりの女が出てきた。
 薄衣の夜着のまま現れたその女は顔に異様なマスクを付けている。
 まるで羽を広げたコウモリが目の周りを覆うような形をしたマスク。

「どうかしたの、チェルシー?」

 映像にくぎ付けの青年、チェルシーの様子に女が声をかける。
 その声は静かな睡眠を邪魔された苛立ちを含んでいた。
 答えないチェルシーに一層の苛立ちを覚えながら、女も壁に移った映像に注意を寄せた。
 壁には白く長い剣を掲げ、光り輝く戦士の姿に変貌させた少女が映し出されていた。

「……綺麗。天使みたいね……」

 女の感想にようやくチェルシーが反応を示した。
 息を吸うのも忘れていたようで、二、三度深い呼吸をした。

「起きたのかマユミ。どうやらこの娘も、姫神のようだぞ」
「そうなんだ……」
「いずれは相対するときが来るとは思っていたが、想定より早くなってしまったよ」

 女、マユミも映像にくぎ付けになっている。
 映像の中では変身した少女が光を発し、傷ついたケンタウロス族の戦士たちが再び起き上がっていた。
 そして蒼い狼とのしばらくの激闘が流れたのち、突然プツッと映像は消えてしまった。
 暗がりの一角は小さなロウソクの乏しい明りだけになった。

「消えちゃった……」
「このサイズのレコード・レンズでは十分程しか撮れないのだ」
「不便ね……」

 貴重な魔道具とはいえど、日本から来たマユミにすれば不便でチャチなモノとしか言えない。

「ねえ、私は桃姫だけど、この子はナニ姫なの」
「それが気になるのか?」
「気になる」

 チェルシーは顎に手をやり考え込む。

「姫神について知ってることは少ない。〈長〉から聞いた話程度だ。その中で当てはまりそうなのは……」

 宙を睨みながら考えるチェルシーの横顔をジッと見つめるマユミ。

「おそらく、白姫という奴だろう。癒しの力を見せていたからな」
「癒し……本当に天使みたいね」

 マユミの感想を聞き流しながら、チェルシーは今後のことを思案していた。

 レンズには最後まで記録されていないが、おそらく姫神がいてはケンタウロスもバルカーン相手で全滅はないだろう。
 すると白姫はケンタウロス族と手を組む可能性がある。

「〈パンドゥラの箱〉入手の邪魔が増えたかもしれんな……」

 壁に再び先程と同じ映像が流れ出す。
 チェルシーからレンズをふんだくったマユミが、レンズにロウソクの火を当ててもう一度再生し始めたのだ。
 チェルシーはそんなマユミを置いて奥の部屋へと向かった。
 寝室にあるソファーに深く身を沈めると赤い葡萄酒の入ったグラスをあおる。

「キレイ…………」

 マユミのつぶやきが聴こえた。
 マユミは姫神に変身する少女の姿をひとりで食い入るように見つめていた。
 何度も繰り返して再生し、光に包まれる少女の姿を目に焼き付けていた。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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