
羽根飾りのついた槍の穂先が巨大な狼の喉を突き破る。
力を込めて槍を引き抜くと、狼は赤い鮮血をまき散らしながら地に倒れた。
「はぁ、はぁ、これで何匹目だ……」
ケンタウロス族の若きリーダーであるベルジャンは、槍についた返り血を振り払いながら周囲を見渡した。
自身の周りには数えきれないほどの蒼い狼、バルカーンの死体が重なっている。
だがそれ以上の数の群れが、今なお続々とこの谷に集結してくるのが目についた。
そしてその波に抗えきれなかった仲間の何人かが動かぬ死体となってその雄姿を横たえていた。
「くそっ! この鎖さえ外せれば……」
彼の四本ある脚のうち、後ろ脚の二本には枷が嵌められており、そこから繋がった短めの太い鎖が固い岩に鉄杭で深く打ち込まれている。
周囲でベルジャン同様にいまだ善戦し続けている仲間たちも同様の仕打ちを受けていた。
自由に走り回ることのできない彼らに蒼い獣は容赦なく、次々と襲い掛かってくるのだ。
「ぐぎゃァッ」
またひとり、戦士が倒れた。
疲労と、終わりの見えない絶望から、一瞬の虚を突かれ、獰猛なバルカーンに喉笛を引き千切られてしまったのだ。
「トラケナァー! うぉぉおおぉぉッッッ」
仲間を死に追いやった獣を刺し貫いてやるッ、と強い殺意をみなぎらせたベルジャンだったが、槍を構え駆けだそうとするも頑丈な足枷はその移動を許さず、怒りに満ちたベルジャンの槍は標的に届きはしなかった。
怒りと悲しみの慟哭にむせぶベルジャンは、別のバルカーンに横合いから激しく身体をぶつけられ、一瞬視界が暗くなり、岩盤に強く身体を叩きつけられた衝撃で混乱をきたした。
口の中に血の味が広がっている。
「がッ」
赤黒い塊を吐き出すと血塊と共に砕けた奥歯が数本転がっていた。
残った歯を喰いしばって顔を上げたがそのときすでに、朦朧としたベルジャンを食い殺そうと獣の顎が眼前に迫っていた。
「しまっ……」
槍を突き出す暇はもはやなかった。
悔いある死を覚悟したその瞬間、だがベルジャンの目の前で蒼い獣の脳天から鮮血と、砕かれた頭蓋骨、破壊された脳漿が飛び散り獰猛な獣は動かぬ肉塊と化した。
「危なかったな」
倒れた獣の陰から血に濡れた刀を引っ提げた小さな剣士が姿を見せた。
「お、お前は……」
「クラン・ウェル。カザロのカエル族だ」
「クラン……まさか」
間一髪、ベルジャンを助けたウシツノは、ひらりと彼の横に降り立った。
「ハクニーなら無事だ。オレたちが助けた」
「ハクニー! 本当か」
「ああ、だが話はあとだ! まずはこいつらを蹴散らすぞ」
新たな獲物と見たバルカーンが飛び掛かるも、ウシツノがその獣を豪快に叩っ斬る。
ベルジャンの足元にまたひとつ動かぬ獣の死体が量産された。
「くっ、助太刀、感謝するが、バルカーンは次々と集まってくる。これでは……」
「大丈夫だ。じきに途切れる」
「なに?」
ウシツノが指し示す崖上をベルジャンは見上げた。
赤い鳥の姿をした騎士が憎き重装型人形騎士三体を切り裂き、奴らから奪った犬笛を握り潰していた。
「これでもう増援は来ない」
「そのようだ。だが」
襲い来るバル・カーンを必死に斬り払うも、彼の目には次々と傷つき倒れていく瀕死の仲間たちが映し出される。
もはや彼らの気力を奮い立たせることは難しく、救う手立てがない事にベルジャンは絶望の淵に立たされていた。
「このままでは、オレひとり、生き恥を晒すことに……」
「そんなことはないさ! な、シオリ殿」
「なんとッ!」
ベルジャンは驚愕した。
このような死地に何とも不釣り合いな少女がいた。
自身の体より長大な、白く美しい剣を携えて、ニンゲンの少女がひとり、恐怖にすくむこともなく近寄ってくるではないか。
彼の目にはか細く見えるこの少女がその剣を操れるほどの戦士にはまるで見えなかった。
そんなベルジャンの動揺を見て、ウシツノはこの戦士が優しい心を持つ、信頼のおける者だと思えた。
「大丈夫だ。うちのお姫さまは最強だからな」
「あの少女がか?」
「シオリ殿、傷ついた戦士たちに光を! 折れかけた戦意に祝福を」
「アイサー」
ウシツノに軽く頷いて見せるとシオリは持っていた白い剣を天に掲げた。
そのシオリに数匹のバルカーンが飛びつこうとする。
「危ないッ」
「転身! 姫神! 純白聖女」
強い光が瞬いた。
まばゆい光に覆われたシオリに獣たちはたちまち弾きかえされる。
「うおぉぉおッッ」
その光にベルジャンも、生き残っている他のケンタウロスも、そして谷底へと向かっていたハクニーまでも目を見張る。
「光よ! リュミエール」
輝く光の向こうからシオリの慈しむ声がした。
するとケンタウロスたちの身体も白い光に包まれる。
それはなんとも暖かで、生命力が満ちていく心地がした。
「こ、これは……なんと! 傷が」
驚くケンタウロスたちの負っていた全身の傷が癒えていく。
さらにシオリの透き通った声が聴こえる。
「祝福を、ベネディクション」
今度は自身の心の内から光が溢れ出る思いがした。
その光は絶望に煙っていた視界を晴らし、勇気と活力を与えてくれた。
「な、なんだ? この溢れ出る力の高揚感は……これは…………」
「どうだ? もう負ける気もしないだろう」
肩に刀を担いだウシツノの言に、ベルジャンは強く同意した。
そして改めてこの奇跡をもたらした少女の姿を確認する。
「ッ!」
思わずベルジャンたちは息を飲んだ。
先程垣間見た、あのか細い少女はどこへやら。
そこに立っていたのは光り輝く翼を背に、光輝に満ちた白い戦装束に身を固めた乙女であった。
血生臭いこの戦地にあって光をまとい静かにたたずむ、そのあまりに美しい姿に完全に見惚れてしまった。
「女神……」
彼の心はこのときすでに、この少女を崇拝する気持ちでいっぱいに満たされていた。






