「起きろアカメ! あれを見るんだッ」
大事な古代書を抱えたまま浅い眠りに耽っていたアカメは、ウシツノに乱暴に揺り動かされて目を覚ました。
焚火の炎が弱々しい。
ぶるっと身震いをすると寒さで急速に目が覚めていった。
「もう……なんですか。まだ夜明け前じゃないんですか」
空はまだ暗く、遠く山々を連ねる稜線に、うっすらと朝の光が射し込み始めたところだった。
「早く起きるんだ。そしてあれを見ろ」
アカメは瞼をこすりながら渋々上体を起こすと、先に起きていたシオリとタイランが見つめる先に目を向けた。
それは朝陽が昇り始める方向で、広々としたここアップランド平原の大草原が見渡せた。
「なんですか?」
ウシツノの指し示す先にかすかに動く影が見えた。
「馬? 一頭の馬が駆けているようですが」
それがなにか、と言わんばかりのアカメにシオリが焦れる。
「もう! 寝ぼけてるんですか? よく見て。馬の上に女の人が見えるでしょ」
「それも追われているようだ。さらに後方からいくつかの影が見える」
シオリとタイランの言葉にアカメはよくよく目を凝らしてみた。
ようやく寝ぼけまなこから視界がはっきりと見えてくる。
確かに弱々しくふらついた馬の上にニンゲンの女らしき影が見える。
そしてそれを煽り、囃し立てるように後方から追いすがるいくつもの影。
「どう思う。助けた方がよくないか?」
ウシツノの問いにアカメは慎重に回答を探る。
「しかし状況がわかりませんからね。追われているからと言って追う方に非があるとは言い切れません」
「んもう、なに言ってるんですか! どう見たってあれ、追ってる方が善人には見えないですよ」
シオリの言う通り、後方の影は異様だった。
遠目でもわかるぐらいの巨体を全身甲冑で覆いつくし、表情もフルフェイスの冑で隠され伺い知れない。
「どちらにしてもこちらに向かってきている。無視を決め込むならすぐに荷物をたたみ、この場を離れるべきだ」
「タイランさん! 騎士なら助けるべきでしょう」
信じられない、といった顔でシオリが異議を唱える。
「後方の影、奴らの持つ盾に描かれた紋章が見えるか?」
女を追う五つの影、そのどれもが片手に巨大な盾を持っている。
その盾の表面は金色地で、赤色で二本の角を生やした獅子が描かれている。
「あれはハイランド王室、ウォーレンス家の紋章だ」
「では追っているのは正規の騎士?」
そろそろ追いつかれそうだ。
女の乗る馬はすでに疲労困憊で、逃げ足も遅々として進まなくなっている。
だが驚嘆すべきは追う者共だ。
あの巨体に全身を甲冑で固め、それぞれ武器と盾を持ちながら、馬に乗らずに自身の足で追っているのである。
この広い平原を、一体どこから追い始めたというのだろうか。
「馬よりも疲れを知らぬようだ。脅威だな」
落ち着いたタイランの姿勢に業を煮やしたシオリが白の剣をとり走り出した。
「あ、シオリ殿ッ」
「もう見てられません! 私行きますッ」
「やれやれ。うちのお姫さまには敵わないな」
走り出したシオリのあとに続きながらウシツノは苦笑する。
「フッ、これでハイランド王室とは敵対関係となるやもしれんな」
タイランまでがニヤリとしながら後に続く。
その顔を見てアカメはタイランがシオリとウシツノの人柄を確かめたのだと察した。
政治や打算ではなく、目の前の窮地に身を投げ出し手を差し伸べる。
二人の行動はクァックジャード騎士団に逆らってまで自身の信じる騎士道を貫かんとした、この赤い鳥の信念に沿うものであったようだ。
「やれやれ。どうなりますことやら……」
アカメも後に続き駆けだした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
長い髪も、上半身を覆った衣服も、首や腕を飾った装飾品も、すべてが泥で汚れていた。
息も上がり、目もかすむ。
ふらふらとしながら、ついに女は観念した。
振り向くともうすぐそばまで追手が迫っている。
甲冑の軋む音だけを響かせて、声も出さずに重そうなハンマーを振り上げる姿が視界を埋めた。
「助けてッ兄さまッ!」
自分に向かい振り下ろされるハンマーを見てられず、女はキッと目を瞑った。
一瞬で頭を砕かれた。
だから痛みも感じず、視界も闇に覆われたままだ。
そう思ったのだが。
「大丈夫か」
男の声がした。
まさかと思った。
まだ死んではいないと理解するのに数瞬の時がいった。
「兄さま!」
女は目を開けて自分を助けた者を見た。
そこには期待した兄の姿はなく、代わりに自分よりもはるかに背が低い、この国ではお目にかかることのない妙な亜人の姿があった。
「く、このバカ力めッ」
ウシツノは腕に力を籠めるとハンマーを止めた自身の愛刀で力いっぱいに押し返した。
「だ、だれ?」
呆けた女の元にシオリが駆けつける。
「大丈夫? ケガしてるなら治してあげるよ」
地面に伏した女を助け起こそうとシオリが手を伸ばす。
「えっ! うそ……」
その女の姿を見てシオリは絶句した。
それはウシツノもである。
「おやまあ」
追いついたアカメとタイランも同様だ。
その助けようとした女は泥だらけでも美しかった。
装飾品の類からしても相当な身分の者だとわかる。
だが、それは上半身を見た感想だ。
下半身を見ると違った印象を受ける。
「この方は……」
女の乗っていたはずの馬が見当たらない。
それはそうだろう。
全員の目線は女の下半身に集中していた。
女には脚が四本あるのだ。
女は馬に乗っていたのではなかった。
女の下半身が馬なのだ。
そして上半身が人間のよう。
「半人半馬……あなたはケンタウロス族でしたか」
アカメの問いに女はこくんと頷いた。






