【第137話】帰れる

 それから幾日か経過した。
 実のところ妖精女王ティターニアはそれほど辛抱強いタイプではなかった。
 三人の女子校生を庇護したのはそのうちのひとりが姫神だと思うからであった。
 その確信はある。
 だが肝心の誰が姫神なのかはわからなかった。

 今日で七日が経とうとしている。
 そろそろ答えを欲し始めていた。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 サチは宮殿内を散策することが多かった。
 日本に帰れるかもしれないという女王の言葉はうれしかったが、それがいつになるかはわからないままだ。
 結局日がな一日何もすることがないので、宮殿内を見て回る時間ばかりが増えていた。
 宮殿内にはたくさんのメイドや使用人、警備兵の姿があった。
 彼女らはみな見た目美しく、怖さも感じなかった。
 逆に窓から眺める外は醜悪で、宮殿前の広場にはいつも恐ろしい風貌の戦闘怪人ケンプファーと呼ばれる者たちがひしめいていた。
 なるべくサチは窓外を見ないようにしながら、その日もあてがわれた自室へと戻った。

 部屋の扉の前でユカが宮殿のメイドといるのが目についた。
 なにやら身振り手振りで言葉を交わしているように見える。
 数日前からたまに見かけるようになった光景だ。
 まず間違いなくユカがメイドを通じてこの世界の言葉を学んでいるのだろう。
 サチの姿を目にとめて、ユカはメイドにお辞儀をすると、聞きなれない言葉を発して部屋に入った。
 サチも後を追うように扉をくぐる。
 すれ違いざまメイドがサチに対してお辞儀をしたが目に入らなかった。

「おかえりぃ」

 先程のメイドが持ってきたのか、ティーカップを手にしたメグミがサチを迎える。
 ユカは手にしたクッキーを眺めながらソファーでくつろいでいた。

「ユカ……」
「おかえりサチ。……このクッキーね、美味しいよ」
「この世界にもクッキーあるんだねぇ」
「〈ナンオー〉って言うらしいよ、メグ。この世界ではね」
「ふぅん」

 やっぱり、とサチは思った。
 ユカは事あるごとにメイドから言葉を教えてもらっていたのだ。
 その理由を率直に問いただした。

「なんでメイドさんに言葉とか教わるわけ?」
「ん? 別に……単なる好奇心だよ」
「帰るんだよね? あたしたち日本に」
「早く帰りたいよね」

 ユカはナンオーとかいうお菓子を頬張りながら頷いている。

「……」

 サチはそれ以上追及の言葉が思いつかず、ユカの隣に腰かけて窓の外を眺めた。
 そのサチの横顔を見つめながら、ユカはもうひとつお菓子を摘まんだ。

 その日はそれ以上会話がなかった。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 翌日、三人は妖精女王ティターニアに昼食の席へと招待された。
 共に食事をするのは最初の日以来であった。
 もしかしたら日本へ帰る準備というのが終わったのかもしれない。
 三人はそわそわとしながら席へと着いた。

「いかがかしら。この数日、不便を感じていなければよいのだけれど」

 穏やかな女王の問いにユカが感謝を述べる。
 その言葉は「ありがとう」を意味するこの世界の言葉であった。

「まあ! ユカさん、東方語を覚えましたの?」

 女王が大げさに驚いて見せる。
 この地域一帯で多くの種族がたしなむ公用語としての東方語であった。

「まだわずかな単語だけです。会話をするまでには至りませんが」

 一晩で日本語をマスターした、妖精女王のようにはいかない。
 それでもユカの態度に女王は気をよくしたようである。

「そうなのね。でも、残念だわ。せっかく言葉を覚えようとしてくださっているのに、お別れだなんて」
「え?」
「お別れ?」
「という事は、女王様」

 ユカの、眼鏡の奥の瞳が曇る。

「ええ。そなたたちを日本へと送り返す準備が整いましたのよ」

 メグミとサチの顔に喜びが広がった。

「やったぁ、やっと帰れるぅ」
「ありがとうございます女王様」
「だけど……」

 女王がやんわりと言葉を続ける。

「わらわが救世主たる姫神を求めていることは、ご承知であろう。そしてそれは、そなたらのうちの誰かひとりであると」

 女王の一言は状況の特異性を思い出させるものだった。

「で、でも……メグたち三人とも、その姫神ってのじゃないと思うんですけど」
「そ、そうです女王様! 申し訳ありませんが、あたしたちは無関係です。きっと間違って……」

 カタン!

 少し大きめの音を立ててフォークをテーブルに置いたのは、ユカだった。

「ユカ……?」
「女王様。宮殿で過ごしたこの数日でわかったことがあります」
「なんでしょう、ユカさん」

 一呼吸してから、ゆっくりとユカは言った。

「その姫神というのは、私のことです」

 ユカは妖精女王の顔をまっすぐ見つめていた。

「ユカ! 何言って……」
「ごめんねサチ。でも、そういう事なの。私が残るから、二人は日本へ帰って」
「まさか最初からそのつもりで! それで言葉を覚えようとしたり」
「ちがうわ。自覚が芽生えたから覚えたの」
「ユカ! あんたが犠牲になってあたしたち日本に帰れたって意味ないでしょお」
「そんなんじゃないわ。お願いわかって」

 ユカとサチの剣幕にメグミはおろおろするばかりだ。
 逆に女王はそのやり取りを黙って見つめている。

「獣医になりたいって夢、どうすんのユカ」
「サチは水族館で働きたいって言ってたね」
「あたしの将来はどうでもいいでしょ今はッ」
「私だって同じよね」

 顔を赤くしながら訴えるサチに対して、ユカは目線を外し、無表情に卓上の食器を見つめるばかりだ。
 そのまましばらく沈黙が続いた。

 やがて女王が静かに話し出した。

「ユカさん、あなたのお申し出、とても感激しましたわ。それにサチさんのお友達を想う心にも」

 三人は何も返答できない。

「そこでね、ユカさんが本当に姫神であるかを確かめてみたらどうかしら」
「えっ」
「じょ、女王様、私は」

 ユカの言葉を遮り女王は続ける。

「確認をしてみて、ユカさんが姫神でなかったとしたら、わらわはそなたも日本へ返してあげたいと思うの」

 三人の表情に動きがあった。
 もしかしたら、三人とも日本へ帰れるかもしれない。
 いや、自分たちがその姫神という救世主であるとは到底思えない。
 だから女王は間違いに気付き、きっと三人そろって帰ることができる。
 サチはそう思い、そしてユカの顔を盗み見ると、あきらかに先程までの決意に満ちた表情とは違っていた。
 きっとユカも希望を抱いているに違いない。

「決まりね。では」

 女王の呼びかけに数人の女兵士が現れ、丁重な扱いでユカを連れだした。

「そなたらはわらわとおいでやせ」

 サチとメグミは妖精女王に続き、宮殿の正面広場を一望できるテラスへとやってきた。
 そこは普段、聴衆に向かい演説をしたりする場所であった。
 そこから宮殿前に広がる広場を見下ろしてみる。
 大勢の異形の者共が集まっていた。
 宮殿に仕える女兵士たちが垣根を作り、群衆を退けている。
 その広場のぽっかりと空いた円形の真ん中に、ユカがひとりで立たされていた。
 目の前で群がる異形の集団を見てひどく心細そうだ。

「な、なにをするつもりなの」

 サチが女王に問う。
 だが女王は静かにほほ笑むのみだ。

「やめて! なにをするつもりなの! ユカァ!」

 サチの声は群衆の上げる嬌声によってかき消された。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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