【第108話】根性

 倒れ伏したバーナードを見届けると、アマンは放り出したもう一本のだんびらを拾い上げようと身を屈めた。
 その瞬間、首筋に違和感を感じてその場から大きく飛び退いた。
 数舜前まで自分の立っていたその場所に、鋲打ちされたピンクのレザーベルトを全身に幾重にも巻いたネコマタの盗賊女が佇んでいた。

「にゃ~お」

 アマンに向かい笑みを浮かべながら、怪しい猫なで声を上げる。
 右手を見せびらかすように、顔の前で開いたり閉じたりして見せる。
 その人差し指の爪だけが異様に長い。
 爪の先からは赤い血がツツーッと流れるようにしたたり落ちる。

「あッ」

 アマンが右手で自分の首筋を探ると掌に首筋から流れる血の跡がくっきりと着いた。
 だが傷は浅い。
 大事な血管を掻っ切られたわけではないとわかり、アマンは安堵した。

「次は猫女が相手か?」

 二本のだんびらを持ち、ネコマタのラパーマに向かって構える。

「次ぃ? もう終わったんですけどぉ」
「なに……」

 突然アマンの視界がぶれ、膝から脱力した。
 片膝を着いたが地面に突き立てただんびらでどうにか体を支える。

「あれ……なんで?」

 狼狽するアマンを見て「にひひ」とラパーマが嗤った。

「この爪にゃん! 体を痺れさせちゃう毒薬が染み込ませてあるにゃぁん」
「おい、そのにゃんって言葉使いはやめろって、いつも言ってるだろ」

 腕組みしたまま仁王立ちのコモドが吐き捨てる。
 ラパーマは舌を出して抗議した。

「うるさいにゃん! 獲物をいたぶれると思うと自然に出るんにゃ!」
「ケッ! 次はオレ様が相手してやろうと思ったのによ」
「早い者勝ちにゃん! それとも変わってあげるかにゃ? もう終わったようなものだけど」
「いらねぇよ! 毒で動けねえカエルなんてよ、拍子抜けだぜッ」

 そう言うやコモドは踵を返して屋敷へと歩き出す。

「先に行くぞ。おめぇもとっとと片付けろよ」
「にゃにゃん! それじゃあ私が美味しくいただきにゃぁす」

 口の端からよだれを垂らし、猫背気味に前傾姿勢をとって、ラパーマがアマンに近寄っていく。
 アマンはかすむ目で迫るラパーマを睨みつけた。

「なにが……にゃん、だ……可愛くもねえ」
「レディに対して酷いこと言うにゃあ。はらわた引きずり出して、紅姫に食わしてやるか」

 腰から短刀を抜き放ち、ラパーマは一息にアマンとの距離を詰めた。
 強風により周囲に飛び火した炎を鋭利な刃が照り返す。

「脳天に突き立ててやるにゃんッ」
「うおおおおおッッッ」

 アマンが叫んだ。

 ギィッン!

 二本のだんびらが交差してラパーマの短刀を弾く。

「にゃんとッ! よく動けたにゃ」

 咄嗟に身をひるがえしたラパーマが驚きで舌を巻く。

「ゲコッ!」

 だがそのラパーマを追ってアマンの口から長い舌が伸び、よく鍛えられてはいたが細い首に強く巻き付いた。

「にゃッッッ」
「これがホントの舌を巻くってな。ゲココッ」

 ラパーマの首に巻き付いた長い舌を容赦なく締め上げた。

「ぐぇぇぇ」

 瞬く間にラパーマの顔が土気色になり白目をむく。
 口から泡を吹くと脱力し、両脚の付け根から火照った液体が脚を伝い流れ落ちた。
 アマンが舌を解いてやると、ラパーマは失禁したまま意識を失い倒れてしまった。
 だがアマンも膝を着き大きく喘いだ。

「ゲェ、ゲェ……カ、カエル族はもともと、微量の毒を持つ奴もいる。毒にも耐性があるんだ、ぜ」

 屋敷へ向かわず成り行きを見届けたコモドをアマンは睨みつけた。

「あとひとり」

 コモドはアマンに向かいズンズンと歩いてくる。
 見たところ武器の類は持っていない。
 大柄な体でアマンの優に三倍はデカイ。

「なかなか小賢しいな、カエル。魔剣を持つバーナードに毒持ちのラパーマまで退けるとはな」
「うれしいね、頭を褒められるなんて、滅多にないぜ……」
「それはオレ様もだ。先に言っておくが、オレ様の武器はこの肉体だ」

 両腕で分厚い胸板をぶっ叩きながらコモドが吠える。

「手負いだろうが容赦はしねえ! ただシンプルに思いっきりブッ飛ばしてやるッ」

 言うやコモドの拳が唸りをあげてアマンを殴りつけた。
 両腕を上げてガードもしたが、いかんせん体重差がありすぎる。
 アマンはいとも簡単に吹っ飛ばされて屋敷を囲う石壁へと叩きつけられた。

「ゲホッ」

 背中から衝撃が全身を駆け巡り血を吐いた。
 身体中の骨という骨が砕けたような気がした。
 このままへたり込んで眠ってしまいたかった。

「グハハハ! テメェみてえな奴はオレ様のようにシンプルに戦うのが一番よ! さあどうする? テメェに勝ち目はもうねえぜッ」
「バ、バカ言うな。んなわけねえだろ」

 弱々しくも強がっては見せてアマンは立ち上がった。
 だがコモドの目から見てもアマンにはもう戦う力がないのは明白だ。

「毒が効いてねえこともねえ。魔剣に斬られた傷もある。そんなテメぇがどうやって戦おうってんだぁ」
「決まってんだろ……」

 アマンはカエル族の長老、偉大なる水虎将軍大クラン・ウェルの言葉を思い出していた。

「いいか、おめえら、いつだって最後にモノをいうのはなァ……」

 そう、いつも最後は同じ教えで締めくくっていた。
 アマンの目に力がこもる。

「最後にモノをいうのは、根性に決まってんだろォッ」

 二本のだんびらを持ってコモドに正面から向かっていった。
 その動きはとても傷つき倒れかけていたとは思えない気迫がこもっていた。

「おもしれぇ! オレ様と根性比べをしようってえのか!」

 振り下ろしただんびらがコモドの左胸を叩く。
 だがだんびらは傷をつけるどころか激しい衝突音と共にむなしく跳ね返されてしまう。

「グハハ! 無駄だ! そんななまくらでオレ様の鋼鉄の肉体を傷つけられるかよッ」

 上から拳で殴られた。
 地べたに叩きつけられたが立ち上がり、まただんびらで斬りつけた。
 それも再び跳ね返される。

「無駄だっつってんだろう! そんなに殴られてえなら何発でも見舞ってやるぜ」

 アマンはまたしてもコモドに殴り飛ばされた。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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