【第83話】御使い

「あなたは、神の御使いかしら」

 目を覚ましたのは、柔らかな陽光の降り注ぐ、大きなステンドグラスの前。
 横たわる私を見つけ、優しく揺り起こしてくれたのが、ハナイ様だった。
 白い清楚なローブをまとい、淡い茶色の長い髪をひとつに束ね、柔和な笑みをたたえていた。
 化粧っ気のない簡素な出で立ちだと思ったが、これ以上にないと思えるほど、彼女の魅力を引き立てていた。

「見ない顔ですね。こんな所で倒れているなんて、神の御使いでないのならサキュラ神その人なのでないかしら」

 冗談を言っているのだろうことは理解できた。
 だが言葉は全く聞き取れなかった。
 当然だ。
 ここは私の居た世界、平成の日本ではなかったのだから。

 最初はもどかしい日々だった。
 お互いの言葉をひとつひとつ確かめながらの会話が続いたのだ。
 自分を指差しながら「ナナ。ナナ」と名乗れば、「ハナイ。ハナイ」と彼女も繰り返す。
 ひとつひとつの単語を繰り返しながら、やがてたどたどしくも日常会話ができるほどになっていった。

「ナナの国ではどんな神様が信仰されているのですか?」

 砂漠の国エスメラルダに彷徨さまよいこんで、ひと月が過ぎていた。
 私は日本にいた頃の細かい記憶が抜け落ちており、またこの世界でできることもわからぬまま、ハナイ様に面倒を見てもらっていた。
 エスメラルダ古王国というこの国では、慈愛の女神サキュラが信仰の対象とされ、この国の根幹をなしていた。
 なんでもサキュラという女神は、この国の建国に大いに関わったとされ、絶対の存在であるらしい。
 王政の敷かれたこの国は、サキュラ教のトップがそのまま国王を務める。
 そして驚いたことに、目の前にいるこのハナイ様はそのサキュラ正教の司教を務めているという。
 しかし偉そうな素振りも見せず、むしろ素性の知れない私に親身になってくれる慈悲深いお方だ。
 この人のためならば、いかなる困難も受け入れられる。
 そう思わせてくれる人物だった。

「この国は今から二千年ほど前に建国されたのです。世界中見渡しても二千年も続いている王国はありません。それほど古いのですよ」
「そうなんですか? 私の居た日本もちょうどそれぐらいの歴史があります」
「あら。じゃあとても平和で素晴らしい国なんでしょうね」
「ん~、どうでしょう。戦争や犯罪がないわけでもないし……」
「それはこの国もそうです。でも大切なのは、そこから何を学び、何を伝えていくか」

 驚いたのはこの国の文明レベルだった。
 どう見ても私の居た日本とは比べようもないほど低い。
 自動車やパソコンといった機械の類はまるで見られなかった。
 歴史には疎いからよくわからないけれど、中世とかそう言った感じに近いと思う。

 でも不思議と居心地がよかった。

 事件が起きたのはそれからさらにひと月がたったころ。
 私は相変わらずハナイ様に面倒を見てもらっていたので、サキュラ正教のオールドベリル大神殿に寝泊まりしていた。
 そこへ賊が入ったのである。
 夜中に物音がしたので部屋を出ると、同じように異変に気がついたハナイ様と侍従たちも中庭に姿を見せていた。
 そこで数人の賊と出くわしたのだ。
 物盗りかと思ったが、侍従のひとりが賊の長い耳に気がついたようで、

「エルフ!」

 と声に出した。
 数年前からエルフという種族がこの国で犯罪を犯しているという話は聞いていた。
 それも人さらいだ。
 さらわれた人々は国外に奴隷として売られているという。
 この世界の情勢など、私には知るべくもないと、今の今まであまり深く考えてはいなかった。
 そのエルフたちは懐から刃物を取り出すと、私たちを包囲し始めた。

 私は恐怖でガタガタと震えていた。
 慎ましやかだが、平穏に過ごしていたこの数ヶ月が幻であったかのように感じた。

 そのとき奇跡が起きた。

 中庭の隅にあった物置用の小屋が突如、中から崩れ去ったのだ。
 原因は、一振りの剣だった。
 銀色に輝くその剣は、まっすぐ私の手元に飛んできた。
 私は意味も分からず、その剣を握りしめた。

「ごめんなさい、ナナ。あなたが倒れていた時、その剣もあなたのそばにあったの。でも、私はそれを秘密にして、隠しました」

 私はハナイ様を振り向き、わかっている、と頷いて見せた。
 これは明らかに私を戦いに導く道具だ。
 優しいハナイ様がそれを私から遠ざけようとしてくださった。
 その気持ちがうれしかった。

 今、私のやるべきことは理解している。
 言葉が脳裏に閃いている。

「転身! 姫神! 鋼鉄神女メタル・ウーズ

 翌日、私とハナイ様は王城にそろって呼び出された。
 法王サトゥエ、大司教ライシカ、そして多くの重臣が居並ぶ謁見の間で、私が数百年に一度降臨する伝説の〈姫神〉であることが確認されたのだ。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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