【第209話】戦力差、三十三対一万

 ケンタウロス族の集落〈槍の穂先〉は、太い丸太を削りだして建てた防壁と、その外側に幾本もの先端を尖らせた逆茂木で防備していた。
 東と西と南は地平まで見渡せる平原であり、北側に山頂を万年雪で覆われたペニヴァシュ山がそびえる。
 ハイランドの軍隊は西側からやって来た。
 そのため避難民を引き連れる族長は東から脱出し、なるべくハイランドを離れ、少し遠方ではあるが親交のあるドワーフ族を頼ろうと考えていた。

 太陽が地平線に沈み、辺りを薄闇が覆っていた。
 避難民たちは粛々と混乱することもなく整然と列をなし集落を脱出していった。
 その様子からもケンタウロス族の族長ペルシュロンへ抱く民たちの信頼度の高さが伺い知れた。

 陽が沈む直前に集落へ戻ったタイランは、その様子を見届けるとシオリとハクニー、そしてリピッツァという名の戦士を中央の天幕へと呼び寄せた。
 リピッツァはハクニーによると戦士としては小柄だが武に長け、思慮深く、そして誰よりも忍耐強い精神の持ち主であり、ベルジャンが頼りにする若者のひとりであるという。
 タイランは残ったケンタウロス族の戦士三十名の指揮を彼に任せるつもりでいた。
 今この集落にはその三十名に自分と娘二人を合わせた三十三名がいる。

「この人数でパペット兵およそ一万を相手にする」

 落ち着いたトーンでシレっととんでもない戦力差を口にするタイランにハクニーが目を丸くした。

「そんなにいるの?」
「ああ。だが正規の騎士団ではないな。敵の大将は〈剣聖〉グランド・ケイマン。剣聖の称号持ちではあるが軍人ではない。国家としての戦ではないという事だろう」
「目的は何なの?」
「不穏分子の処分と〈箱〉だそうだ」
「もうっ」

 天を仰ぎながらハクニーがうんざりする。

「なんで急にどいつもこいつもパンドゥラの箱を話題にし始めるのよ。何百年もそっとしておいたのに」
「王宮で何か起きているのかもしれんな」

 タイランはケイマンの目的がもうひとつあることには触れないでおいた。
 それはシオリに余計なストレスを与えたくなかったためである。

 ――白い剣を持つ少女に興味がある。

 シオリの存在が知られている。
 そしておそらく正体も……。
 だが伝えねばならないこともある。

「敵は剣聖だけではない。姫神、桃姫も来ている」
「桃姫ッ」
「え? 姫神……」

 これには三者とも驚いたようだ。

「なんで桃姫が来るのよ」
「……」

 ハクニーの疑問ももっともだが、シオリはより複雑な顔をしていた。
 同じように日本から転移してきたはずなのに、どうしてこうも立ち位置に違いが生じるのであろうか。
 おそらくそんな悩みを抱いたであろうとタイランは推測した。
 だがそれも無理もない話であろう。
 姫神たちはみな年若い娘であることが多い。
 本人たちには悪いが、知恵の働く者にかかれば都合よく動かす駒や人形に仕立てることはそれほど難しいことではない。
 シオリは周囲に恵まれたのだ。
 ただそれだけのこと。

 そして桃姫……マユミはどうなのであろうか。

「それで、我等の目的はなんとします?」

 それまで黙っていたリピッツァが問う。
 タイランは腕を組んで一息ついてから答えた。

「大将がひとりだけなら暗殺という手もあったのだが、剣聖と桃姫、どっちかを倒しても兵は退くまい」

 タイランの口から「暗殺」という言葉が出たことで少なからずシオリは畏怖を覚えた。
 頭ではわかっていてもここはどうしようもなく異世界なのである。
 自分の知っている法も秩序も通用しそうにない。

「さらに敵兵の大部分は心を持たないパペットだ。奸計を用いて裏切りや動揺を誘うこともできないだろう」
「兵糧を強奪したりといった戦法も、考えるだけ無駄か」
「生きた兵より何倍も厄介だな」
「籠城しかないのでしょうか」
「強固な砦ならともかく、この集落でこの人数差ではな。そもそも籠城とは援軍をあてにして初めて成り立つもの。オレたちに援軍はあるか?」

 タイランの一言にリピッツァが黙り込む。

「兄さまたちが戻ってくるわ」

 強い声でハクニーが反応する。
 タイランも力強くうなずいて見せた。

「そうだ。当面の目標はベルジャンたちがここへ戻るまで持ちこたえることだ。その間は避難民よりこちらに敵の注意を惹きつけねばならない」
「喧嘩を振りつつ相手にしないというわけですか」
「フフ、その通りだ」
「兄さまたちが戻れば勝てる?」

 ハクニーの問いにタイランは小さく首を横に振る。

「残念だがその期待値は低い。彼らが箱を持って帰ってきたら我等もここを撤収する。それがとりあえずの目標だ」
「……そんな」

 その後、夜半まで集落の防御策について話し合い解散した。

「シオリ、少しいいか?」

 天幕を出ていこうとするシオリをタイランが呼び止める。
 
「正直なところ、体調はどうなのだ」
「……平気ですよ」
「薬は効いているのか?」
「熱は出なくなりました。咳とか頭痛とかもないし吐き気もしません。少しだるいぐらいです」
「回復はしているのだな?」
「…………はい」
「そうか」

 医者ではないタイランにはシオリの自己診断を信じる以外ない。

「あえて聞くが、躊躇なく敵と戦うことができるか?」
「できます。相手はパペットだし、蒼狼渓谷でもバルカーンと戦えたし」
「桃姫は同じ異世界人だぞ」
「……」
「正直に言う。覚醒した姫神に対抗できるのは同じ姫神しかいない」
「……」
「桃姫の相手はシオリ、お前しかいない」
「……大丈夫です。私も戦います」

 それだけ言うとシオリは天幕を出て行った。
 やはり白姫という戦力は抜きにできない。
 願わくば桃姫が前線に出てこないことだ。

 夜明けまであと少し。
 タイランは帽子を目深にかぶり、仮眠をとることにした。
 傍らにある文机が目に入る。

「遺書を書く時間など、すでに残ってはいないな」

 そう呟いてからランプの明かりを消した。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 そして夜が明けた。
 集落の西に面したアップランド平原。
 そこへ陣を敷いたハイランド軍から、開戦を告げる狼煙が上がった。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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