
激しい砂嵐の中で激突を繰り返すいくつもの影。
巨大な浮遊石がぶつかり合っているのだ。
浮遊石嵐ガム・デ・ガレの内部は巨大な影に覆われた暗闇の世界だ。
その嵐の外周部分を飛翔するたくさんの生物〈ジンユイ〉の姿はミナミにも視認できた。
「いっぱい飛んでるね」
あんぐりと口を開けてミナミはジンユイが飛ぶさまを見続けた。
ジンユイとはこの緑砂の砂漠を飛び回る飛翔魚のことである。
砂の中にわずかばかりの緑素を含んだこの砂漠にのみ生息していて見た目はひれの大きな魚に近い。
その全身は骨のような甲殻に覆われた外見で、背びれも鱗も固いセラミックに近い。
彼らはこの砂海に潜み、緑砂をついばむ。
普通の砂だけを排泄し、体内に蓄えた緑砂をエネルギー源にするのである。
仕組みについての詳細はまだよくわかっていない。
緑砂については解明されていない部分が多いのだ。
ではなぜシャマンたちはジンユイを狩るのか。
それはジンユイの体内で緑砂が凝結し、宝石のような輝きを放つ石になるからである。
緑砂の結晶と呼ばれるそれは工芸品や装飾品の材料として高く売れる。
砂海ではその結晶を得るために多くのハンターがいるのだ。
「あれだけの数を採れば半年は狩りに出なくても済むな」
隣でシャマンが鼻息荒く舌なめずりする。
今や砂嵐とジンユイの群れは目の前に迫っていた。
「よし、始めるぞ! クルペオ」
シャマンの合図で符術師のクルペオが幾枚もの護符を取り出した。
「ルナール符術一の裏護符・連壁飛臨」
クルペオが宙に舞わせた護符が風に乗ってヒラヒラと舞う。
護符は全員の背後に等しく四枚ずつ、付き従うように宙に並んで浮いている。
「我ら狐仙族ルナールの符術は九つの系統にそれぞれ表と裏の技がある。これは一の護符、風の裏系統。四枚の符で身の回りに風の防護幕を張ったのじゃ」
「これなら私たちも風に吹き飛ばされないで済むのね」
「それだけではないぞ。この符はもともと飛び道具から身を守るための術技なのだ」
「投射防御だな」
「てことは飛んでくる砂粒や小石程度は防いでくれるのか。目に砂が入らなくて助かる」
シャマンとウィペットが理解を示し、ミナミはなるほどと感心した。
「ただし護符は無防備じゃからな。破られたりすれば効力を失うし、一枚につき十分程度、四枚なので四十分程度の持続時間と思うように」
「十分だ」
シャマンが皆に振り返る。
「ではいつものように。クルペオは後方で支援、ウィペットはそのクルペオをガード。メインクーンの弓とオレの鎖鎌でジンユイを下に落とす。レッキスは落ちたやつにトドメだ」
全員が了解の合図をした。
「あの、私は?」
ひとり指示を与えられなかったミナミがおずおずと手を上げる。
「あん? お前はあれだ。自由行動。邪魔だけはするなよ」
「ひどぉい」
「キキキ。まあ危ないことはすんなってことだ。初心者なんだし、身を守ることを第一に考えてろ」
そう言ってシャマンとメインクーンは得物を手に最前線に立った。
「ミナミはガム・デ・ガレでの戦闘は初めてなんだから、今日はじっくり観戦してればいいんよ」
レッキスが長めの棍を肩に担いでミナミの頭をよしよしと撫でる。
「むぅ」
ミナミのふくれっ面に吹き出したレッキスだったが、早速一匹のジンユイが勢いよく頭上を通過し気を引き締めた。
「メインクーンッ」
「はいにゃ」
シャマンの号令でメインクーンが飛翔するジンユイに向けて矢を放った。
素早い連続動作で三本の矢を放ち、うち二本が命中する。
「当たったにゃッ」
「よくやった! だが次は全弾当てろよ」
「言うのは簡単にゃ」
実際砂嵐の影響で矢はまっすぐ飛ばない。
ジンユイの飛行速度と角度、風の計算をしながらの速射で二本命中は上出来だろう。
しかも放たれた矢には極細の糸が巻かれている。
一本で一〇〇キロの重量にも耐えられる鋼糸であり、硬い岩盤が剥き出しの地面に打ち付けられた鉄柱にまで繋がっていた。
ジンユイが糸の長さ以上の遠くへは行けず、その鉄柱を中心に旋回し始める。
「あぁなるほど。だからここで張ってたんだ」
「網場は何ヶ所かあるんよ。今回はここが一番適した場所だったわけ」
レッキスのレクチャーの向こう側でシャマンが動き出した。
「どっせい!」
鎖鎌を振り回しつつ高く跳び上がったシャマンは旋回するジンユイに向けて鎌を投げつける。
「わぁ、すごいジャンプ力!」
「猿だしね」
「そうだけど、けどなんか砂漠に猿って違和感ない?」
「そう? 結構いるよ、ショウジョウ族のハンター」
ミナミとレッキスの会話の隙にシャマンはジンユイの口に鎌を引っ掛けると着地して力いっぱいに引きずり下ろす。
海中の魚を釣り上げるのとは逆に、空中を回遊する魚を釣り降ろすのだ。
「キィエエエエーッッッ」
シャマンの雄叫びが響き渡るとついにジンユイが墜落した。
「レェッキス!」
「わかってんよ!」
シャマンの怒声に棍を振りかぶりながら突進したレッキスは会心の一撃をジンユイに叩きこんだ。
ぐったりとして動かなくなったジンユイの腹を素早く手甲についたカギ爪で掻っ捌く。
「おお!」
腹に手を入れ引きずり出したのはまさしく、結晶化された手のひら大の緑砂であった。
「きれい」
「どう、ミナミ? これを北のドワーフ族に売るんよ。あいつら見事な細工物に作り替えちゃうんだよ」
「へぇ~」
「それが世界中に売られるんだ。西の盗賊都市ではそれで財を築いた大商人がいるって話だ」
シャマンがそう付け加えて教えてくれた。
「その原石を採取するのが私たちの仕事ってわけね、シャマン」
「その通り!」
続けて飛来したジンユイにメインクーンの放った矢が突き刺さる。
「シャマン! おしゃべりしてないで仕事」
「キキキ! 怒られちまったい」
シャマンが再び鎖鎌を持って跳び上がる。
「さあ、この調子なら今日は十二匹越えの新記録、狙えるんよ」
新たに墜落してきたジンユイを屠りながらレッキスが嬉しそうに叫ぶ。
その様子にミナミも興奮してきた。
だんだんと近づいてくる砂嵐に合わせて、一行のそばに飛来するジンユイの数も増えてくる。
今度は三匹も一斉に上空すれすれをかすめていった。
「ニャッ!」
メインクーンがつがえた矢を連続三本斉射する。
三本とも同じ一匹に集中して突き刺さる。
そいつ目掛けて跳び上がりたいシャマンだが、周りを回遊する二匹に空中で襲われるのは分が悪く、機を窺う時間が流れる。
「四の表護符・対空戦者」
そのとき後方からクルペオの声が響いた。
取り出した二枚の護符がみるみるうちに白い鳥の姿に変わり飛び立つと、その二羽の鳥は回遊する二匹のジンユイの周りを飛んで攪乱してくれた。
「ナイスクルペオッ」
その隙をついて跳び上がったシャマンは上手いこと次の獲物を引きずり下ろすことに成功した。
だが二羽の鳥の方はジンユイに引き裂かれ姿を消してしまう。
さらに符の鳥に邪魔されたその二匹のジンユイは、怒りに任せてクルペオに向かいまっすぐ突っ込んできた。
「危ないクルペオ!」
「ぬぅんッ」
ガッコォン!
悲鳴を上げかけたミナミだったが、クルペオの前に立ちふさがったウィペットが見事、重たい盾でジンユイの突撃を阻止した。
一匹はすぐさま空中に飛び立ったが、一匹はウィペットのメイスが脳天を叩き潰し仕留めていた。
そのような攻防が何度か繰り返された
時間にして三十分。
仕留めたジンユイが十匹を数えたころだった。
「ちょっと、シャマン……」
メインクーンがわずかに疲労をたたえた声でささやく。
「どうした?」
「ちょっと、やばくない?」
「なにがだ?」
「ジンユイの数が……」
そこまで言った時だった。
目の前に迫っていた砂嵐から突如として数えきれないほど無数のジンユイが飛び出してきたのだ。
十や二十ではきかない。
空が真っ黒に覆われていて、見上げるとおびただしい数のジンユイが飛翔しているのが目についた。
「ぶわっ! なんじゃぁこの数はァ」
「異常発生にゃ! こんな数、見たことない」
ジンユイ狩りは一匹ずつ丁寧に狩っていくのが基本だ。
今日は調子がよく、三十分足らずで十匹も狩ることができた。
そのような計算で成り立つものが空を埋め尽くすほどの大群に手を出せるはずがない。
「中止だ! 撤退するぞ!」
シャマンの号令に全員撤退準備に入った。
だがこのジンユイの群れは凶暴さを隠そうともしなかった。
怯えた一行の姿を見るや、なんと列をなして突っ込んできたのだ。
「伏せろォ!」
頭上ギリギリをジンユイの群れが飛び去って行く。
「どういうこと? ジンユイの方から積極的に襲い掛かってくるなんて。そんな好戦的な奴らじゃないでしょ」
「わからん」
見ると上空で旋回した列の先頭が、再びこちらに向かって急降下してくるところだった。
「やばいぞこれは」
慌てて岩場の影を目指して走り出す一行のしんがりで、ミナミは立ち止まり仁王立ちになった。
「おい、なにしてる!」
「ミナミッ」
「こっち来るんよ!」
迫りくるジンユイにだがミナミは臆していなかった。
「大丈夫。みんなのことは私が守ってあげる」
背中に背負った大剣を引き抜き構えた。
「さあいくよ、土飢王貴」
ミナミが剣に呼びかけると呼応するように振動した。
足元の砂までが舞いだす。
一息吸ったミナミが声高に叫ぶ。
「転身! 姫神! |金色弓尾《ヤシャ・ノウェム》」
黄金の光に染まったミナミの姿と大剣の形が変貌した。






