【第140話】いつまでも一緒

 すべてが青い大理石で形作られたこの大広間にサチはいた。
 かつて妖精女王ティターニアが座していた玉座に腰かけている。
 ひとりで誰もいない広間の虚空を見つめていた。
 長いことまばたきすらもしない様子で、ただじっとそこに座っていた。

 姫神として目覚めてから一週間が過ぎていた。

 広場での殺戮の後、サチは意識を失い倒れた。
 一晩が経ち、目を覚ましてから自身の変化に驚いた。
 不調など微塵も感じず、まるでいま完成した新品の身体かのように好調を感じた。
 さらに驚いたのが言葉だった。
 日本語を話すように、この世界の言葉がわかる。
 いちいち単語を脳内で変換したりもしない。
 この世界の住人として、新たに生まれ落ちたという感覚が確かにあった。

 ふと、傍らに据え置かれた得物を見る。
 支えの台に立てかけられた長柄の武器がある。
 柄も刀身も透き通る青一色。
 見つめていると深海に引き込まれそうな輝きを放つ神器、星の海スター・オーシャン
  
 そう、これだけはあたしのそばにいつもある。

 握りしめていた自分のスマホに電源を入れた。
 バッテリー残量は残り僅か。
 何もしなくても、もう数分ともたないと思う。
 サチはゆっくりとした指の動きで画像フォルダを開いた。
 最後に撮った写真をタップする。
 精一杯の笑顔のサチ、少々ふくれっ面のメグミ、優しくほほ笑んでいるユカの姿が写っていた。
 あの不思議な森の温泉で撮った写真だ。
 三人一緒。
 この写真の中では三人がいつまでも一緒にいられる。
 頬を一筋の涙が伝った。

 ユカとメグミ、二人に別れを伝えたのは、五日前だった。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 サチはあの騒ぎから目を覚ますと真っ先にユカとメグミに会いに行った。
 心配だった。
 昨日、ユカは広場で私刑リンチにあった。
 姫神なのかを確認するためだと言って、バケモノどもが寄ってたかってユカを嬲り者にしようとした。
 ユカはサチとメグミを助けるためにあえて志願したのだ。
 ユカはとても優しく、とても気遣ってくれる。
 そのユカを奴らはいたぶった。
 この世界は野蛮だ。
 あの時サチは心底この世界が恐ろしく、腹が立った。
 その果てに自分が姫神として目覚めた。
 あのバケモノたちを圧倒した時の高揚感は忘れられない。
 この力があれば二人を守っていくのも簡単だ。
 もうあんな目には遭わせないで済む。
 そして三人で帰るんだ。
 日本に。

 サチは二人のいる部屋の扉を開け中に入った。
 昨日のことを思い出させないよう、なるべく明るい声を出しながら。

「ユカ。メグ。おっはよ! あたし起きたよ」

 ガタンッ!

 大きく椅子を倒す音とともに、ユカとメグミは部屋の隅に後ずさっていた。

「あれ? お、驚かせちゃった、かな」

 サチは二人の反応に違和感を覚えた。

「サ、サチ……」
「お、起きたんだね。おはよ……」

 こころなしか、二人の反応が暗いと思った。

「うん……起きた。ユカ、傷は平気?」

 治療はされたようで、いたる所に包帯が巻かれている。

「平気」
「そ、そう……」
「……」

 それ以上の会話が続かなかった。
 息苦しい沈黙が流れていた。
 メグミが倒れた椅子をなおそうと手を伸ばした。

「あ、メグ。あたしも手伝うよ」

 メグミが伸ばした手にサチの指先が少し触れた。

「ヒィッ!」

 思わず上げた悲鳴を押し殺そうとメグミは両手で口を抑えた。
 彼女の顔には明らかな恐怖の感情が見えた。

「メ、メグ」
「ご、ごめん、なさい。なんでもない」

 なんでもないという顔ではない。
 サチはすでに理解していた。
 二人ともあたしを気味悪がっているのだ。

「ち、ちがうのサチ……これは」

 コンコン!

 そのとき部屋の扉をノックして、ひとりのメイドが入室した。

「サチ様、ティターニア様がお呼びでございます」
「……そう……案内、してください」

 二人を見ないようにして、サチは部屋を出た。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「お目ざめですわね、藍姫」
「うん」
「早速ですが、これよりはあなた様がこのアーカムの盟主です。なんなりとご命令くださいませ」

 青い大理石で形作られた大広間、そこに幾重にも重ねられた天鵞絨ビロードに囲われた玉座。
 その玉座にサチは座り、ティターニアは跪いていた。

「命令……」
「なんなりと」
「じゃあ……」

 サチは妖精女王に最初の命令を下した。

「ユカとメグを、約束通り日本に帰して」

 ユカとメグミに直接別れを言う時間はわずかだった。
 二人を帰す〈送還の儀式〉を行うため、宮殿から場所を移す必要があるそうだ。
 サチはそれに帯同する気はなかった。
 別れを惜しんだこともあったが、なにより二人にこれ以上怯えてもらいたくなかった。
 だから最後の別れも簡単に済ませた。
 自室へ引き上げようとしたサチに、ユカが駆け寄り何かを手渡してきた。

「これ、持ってて」

 それはユカのスマホだった。
 受け取るとサチはもう振り向かないで二人の前から姿を消した。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 そうして二人と別れてから今日で五日が経った。
 あれ以来サチはひとり、広間で呆けている。
 サチは着ていた制服のスカートからユカのスマホを取り出した。
 何故これを渡されたのか、まだ理解できていなかった。
 試しに電源を入れてみる。
 まだバッテリーは残っていた。

「……これ、ロックかかってない」

 サチは起動したスマホ内に最近撮影された動画が残されていたのを見つけて再生した。
 画面内にユカとメグミが映り込む。

『……この動画をサチが見てると信じて話します』
『サチ! さっきはごめんね! メグ、あんなつもりじゃなかったのに、サチのこと大好きなのに』
『私のことも、助けてくれたのはサチなのに、ごめんね』
『メグたち、明日日本に帰れるって、さっき女王様に言われたの』
『サチも一緒に帰らせてってお願いしたんだけれど、それは聞き入れてもらえなかった』
『……メグも残るって言ったんだよ。だけど、サチの命令だからって』
『だからサチ、今度は私たちがサチを助けるから』
『日本に帰ったらすぐにまた助けに来る』
『うん。警察でも、政治家でも、自衛隊でもアメリカでも、SNSでも、偉い学者でも。何でも使って、絶対にこの世界に戻ってくるから』
『あきらめないでねサチ』
『こんな世界より、私たちのいた世界の方が文明も科学もずっと進んでる。だから信じて!』
『必ず必ず助けに来るからね』
『私たち、いつまでもいっし……」

 バッテリーが切れた。
 暗く落ちた画面をサチは見つめ続けていた。

「藍姫さま」

 そこへティターニアがやってきた。

「……なに?」
「実は藍姫さまに二名、お付きのケンプファーを用意しました」

 スマホの画面から目を上げると、ティターニアの背後に二人、異形の戦闘怪人が控えていた。

「この者たち、送還の儀式を断り、自ら改造手術を志願いたしましたのよ」

 二人とも女だった。
 ひとりはサソリの尾を持ち、ひとりは赤い翅に黒い斑点がある。

スコルピオーン天道虫マリーエンケーファーです。以後、お使いください」

 それだけ告げて、ティターニアは広間を後にする。
 サチの見えない位置でティターニアの口元が嗤っていた。

 サチは気付いていた。
 二度と会えないと思っていた。
 ユカとメグミはじっと動かずに待機している。
 サチが命令しない限り、いつまでもそうしていそうだ。
 まるで意志を持たない操り人形のよう。

 二台のスマホはどちらもすでに消えていた。
 涙もすでに止まっていた。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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