【第96話】噂と真実

「おやっさん、カザロの村がどうなったか……知ってるかい?」
「やはり、その話か」

 どうやらチチカカの耳にも届いているようだ。
 アマンは無念そうに語りだした。

「やっぱりおやっさんももう知ってたか。あれから三ヶ月は経つからな」
「まあな。旅人の集まる街で商売やってりゃ、いろいろと情報は耳に入るってもんだ」
「なるほどな」
「しかし細かいことまではわからねえ。一体何があったんだ?」
「最初はオレとウシツノの旦那とアカメの三人で裏の山に調査へ出かけたんだ」

 アマンは白光が閃いたゴズ連山の聖域、白角しらつのの舞台でニンゲンの娘に出会ったこと、そしてまたニンゲンの魔女に襲われたことを語った。

「その娘ってのは……」

 チチカカの目線が試着室へと向かう。

「いや、ちがう。アユミの事じゃねえ。シオリっていう名だった。たぶん今もウシツノの旦那とアカメが一緒にいると思う」
「その二人の居場所はわからねえのか?」
「わからねえ」
「なるほど……」

 何かを考えているチチカカは質問を続けた。

「で、なんでお前はそいつらと別れたんだ?」
「ひとりで村に様子を見に戻ったんだ。村は、その時もう壊滅していたよ」
「壊滅?」

 チチカカが不可解な表情をする。

「ああ、手遅れだった。トカゲ族どもに強襲された村は皆殺しにされちまったよ」
「皆殺し?」
「まさか長老まで殺られちまうなんてさ。オレはトカゲ族を絶対に許さねえ。カエル族の生き残りとして、きっと仇を討ってやるんだ」
「ま、待て待て待て! アマンちょっと待て」

 手を振ってアマンの言葉を遮る。

「なんだよ、おやっさん。止めたって無駄だぜ。オレは……」
「違う違う! アマン、お前さっきから一体何の話をしているんだ?」
「何って?」
「長老が殺されたとか、カエル族が皆殺しにされたとか」

 アマンも不可解な表情になった。

「なに言ってんだよ、おやっさん。情報はもうこの街にも来ているって、さっき言ったじゃねえかよ」
「ああ、言ったとも」
「だったらわかるだろ? オレたちのカザロ村と、カエル族のみんなは、トカゲ族に皆殺しにされちまったんだよッ」

 アマンは拳をギュッと握って怒りのほどを吐き出した。

「…………ふうむ」
「おやっさん?」
「アマン、お前は事件の当事者だ。オレの知らないことも知っているんだろう。だがな、オレの知っている情報とあまりにもかけ離れていてなぁ。正直困惑してるんだ」
「はぁ?」
「いいか、オレの耳に、いや、この街に入っている情報ではな、まずカエル族は滅んでなどいない」
「え?」
「むしろその逆だ。カエル族とトカゲ族は同盟を結び、この東の大陸へと侵略を始める気だってな」
「なんだって?」

 アマンの目が信じられないと大きく見開く。

「そんなはずはねえよ! オレは確かに見たんだ! 頭を砕かれちまった長老の死体や、討ち捨てられた村のみんなの死体の山をッ」

 アマンの声は次第に大きくなっていった。

「いったい誰だよ? カエル族の名を騙って、んなデマを流す奴は!」
「宣誓はオレたちの長、大クラン=ウェルとトカゲ族のモロク王の連名となっていたが、たしかそれぞれに代表者が別にいたな」
「代表者?」
「トカゲ族はゲイリートとか言ったか。それでカエル族の方は……たしかインバブラ、とかなんとか」
「インバブラぁ?」

 思いがけない名前の出現にアマンは不安を覚え始めた。
 インバブラは確かにいけ好かない奴だった。
 お世辞にも褒められた人格ではなかったが、トカゲ族に殺されそうになっていたのをアマンは助け、ついでにウシツノたちに伝言まで頼み逃がしてやったのだ。
 そのインバブラがどういうわけかカエル族の名誉を騙り、トカゲ族と行動を共にしているとは。

「あいつ、なに企んでるんだ? ちゃんとオレの伝言は伝えてくれたんだろうな。まさかアカメたちももう……」

 アマンの脳裏に最悪のビジョンが浮かび上がる。
 今にも飛び出していきそうだったが、チチカカがそれを制止する。

「落ちつけアマン。お前の知っている事実と、世界に流布している噂に隔たりがあることはわかった。だがそれが必ずしも悪い結果につながるとは限らんだろう?」
「そ、そうかな?」
「大体どこへ行こうってんだ? 今は何もできることなんてありゃせん。だからもう少し気楽に構えておけって」
「相変わらず、前向きな考え方してるな、おやっさんは」
「ゲココ、でなきゃ借金こさえてこんな売れない武器屋なんぞ営んだりはせんって」

 ニヤッと笑うチチカカの顔を見て、アマンの顔にも笑みが戻った。

「起きたことはわかった。それで、今はどうしてるんだ、アマン。なぜこの街に来た?」

 ちょうどその時、試着室の扉が開く音がして、そぉっとアユミが顔だけを出した。

「あ、あのぉ」
「おう、お嬢さん! どうだい、気に入ったかい?」
「いや、それがその……」
「ん?」
「どうしても背中が止められなくて……だから」

 どうやらひとりで最後まで身に付けられなかったようだ。
 アマンはそれ見たことか、とジェスチャーで示した。

「仕方ねえな。じゃあ手伝ってやるから……」
「アマンはダメェッ」

 試着室へ向かおうとしたアマンをアユミが強い口調で拒否した。

「なんでだよ」
「アマンはダメなの! チチカカさん、お願いします」
「ゲッコゲコ! どうやらオレの方が気に入られてるらしい。すまんなアマン」

 何故か勝ち誇った笑みをたたえて、チチカカはアユミの待つ試着室へとウイニングロードよろしく歩いていった。

「さ、お嬢さん」
「お願いします」

 アマンを置いて、再び試着室の扉は閉じてしまった。

「けっ」

 カウンターに頬杖をついてぶうたれるアマンは、面白くもなさそうに店内を眺めまわした。

「それにしてもまったく客が来ねえな、この店。ホントに大丈夫なのか?」

 そう言いながら武器の山を物色していると、ある商品が気になった。

「これ、鉄製のブーメランかな? おっと、見た目の割には案外軽いな」

 アマンが両腕を広げたほどに大きなブーメランの両端は、何故か剣の柄のようになっている。
 両手で両端の柄を握り、片方をひねるとカチッという音がして、中心から左右二つに分離した。

「へぇ」

 ブーメランは双剣へと早変わりしていた。

「だんびらの二刀流にもなるのか。変なもん売ってんなあ」

 狭い店内で双剣を振ってみる。
 意外にも手によく馴染んだ。

「ゲコ! これちょっと、カッコいいかもな。ゲコゲコ」

 ブンブンブン、と狭い店内で双剣を振る。

「アマン」

 剣に夢中になっていると、不意に名前を呼ばれた。
 いつの間にやら試着室から着替えを済ませたアユミがそこに立っていた。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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